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18000秒の愁いパズル


U.C.009*.08.11//K.C.S


 昨日の昼、イーノが診療所へやってきた。いつもの定期報告調書のチェックを俺にしてもらうためだ。…正直、俺は彼の生真面目で優しいところに苛立ちと悲しみを覚える。彼のよい部分とは思うし、好きなのだ。…しかし、連邦の観察官が監視対象へレポートを見せるというのはどうだろうか。けれども、彼が自分の任務に不満を抱き、それでも我慢して務め続けてくれることは、俺たちにはありがたいことだと思う。
 連邦政府や軍の中にも、俺たちを理解してくれるひとがいる。ごく少数なのだが、元エゥーゴの彼らのおかげで、俺たちは地球にいても戦わずに住んでいられる。いつも一人だと思っていた俺にも仲間はいたんだと、地球へ降りてから痛感させられることばかりだ。…いつか、彼らへ恩返しがしたい。

 その時、イーノが「戦没兵士の慰霊式が近々行われる」と俺に伝えた。思わず、俺は首を傾げた。だってそうだろう?そういう大掛かりな式典が行われるのならば、日取りはきまって終戦日か開戦日か…ともかく歴史に残るような日にちとするのが普通だ。しかし、俺の記憶の中ではめぼしいものは見当たらなかった。
 すると、彼が教えてくれた。やや呆れ気味だったが、ブレックス・フォーラ准将が地球での会議後にティターンズの連中に暗殺された日だと話した。

 ブレックス・フォーラ准将。…その名を聞いた数分、俺はそれが誰だかわからなかった。イーノが添えた肩書きを耳にしなければ、本当に俺は思い出せなかっただろう。
 エゥーゴの代表者だった人だ。ジャブロー降下作戦からしばらく地球へ留まっていた俺と、宇宙にいたその人との接点はすごく薄かった。彼が俺をアムロさんの身代わりとしか思っていなかったように、俺にとって、その人の印象はとても薄いものだったからだ。
 そのブレックス准将が暗殺された日が近いらしい。俺は覚えていない。その時は、ティターンズに占拠された月基地の奪取計画で忙殺されていたからだ。ブレックス准将が死んだことは、宇宙へ戻ったクワトロ大尉の口から聞いたことだけは覚えている。
 俺はよく泣くし、よく怒る。けれども、それはジュドーやあの人を相手にする時だ。よく泣くくせに、俺はブレックス准将へ涙がこぼせなかった。感傷さえ沸きおこらなかった。案外、冷たい人間なんだなと俺はその時の自分をそう思った。
 軍人なんて、いつか死ぬものだと…俺は思っていたからだろう。
 当時印象深いことといえば、准将が亡くなってから大尉の周囲が忙しくなったということだ。准将の代わりにクワトロ・バジーナがエゥーゴの代表になった。なんだか夢物語だと思ったけれど、艦内を見回して、それが一番現実的だとも子供の俺でも納得できた。納得できなかったのは、クワトロ大尉本人だけだろう。

 もしも…。
 悪い癖だと、いつも思っている。いつもそう思っているのに、俺は考えてやまない。もしも、あの時。もし、あの時ああやっていれば。あの時、あの道を行かなければ。
 あの時、俺がグリーン・オアシスへやってきたブライト艦長見たさにベイブリッジへ行かなければ、ジェリドに出くわすこともなかったし、ガンダムMK=2を奪うこともなかったし、親父やお袋が死ぬはめにも陥らなかっただろう。エマさんがティターンズから離れることも、レコアさんがエゥーゴを裏切ることも、フォウ・ムラサメが俺を庇って死ぬことも、ロザミィが殺されることも、サラやカツが死ぬこともなかっただろうに…………イーノやジュドーもシャングリラでジャンク屋稼業をしていただろう……だめだ。これでは、だめなんだ。
 これじゃあ、シロッコと同じだ。自分ひとりで世の中を回しているわけじゃないんだ。俺が意思をもっているように、他の奴らも考えて行動しているんだ。俺の勝手ばかりじゃない、多くの人間が動くから、その動きで世の中は波立つんだ。ただ立っているだけならば、水面に波紋はない。ただ息をしているだけならば、人は罪を犯さない。だけど、それだけでいいのだろうか?
 頭が痛い。

 ブレックス准将が生きていれば、もっと地球連邦政府はいい人になっていたかもしれないし、シャアがアクシズを落とすこともなかったかもしれない。でも、それは予測に過ぎず、俺はそう信じるほどには准将を知らない。そうなればいいなと勝手に理想を押しつけているだけだ。

 昔のことを掘り返して、なんとかできないだろうかと考える…後ろばっかり振り返る自分は、ひどく惨めで卑怯でかっこ悪い。これが優柔不断なのだとはっきり意識しているから、かえって手におえない。
 俺のこういうところを、あの男は嫌っているんだろう。だから、サジェストはそこへつけこむのだ。あいつの皮肉は正論すぎて、耳に痛い。
 頭が痛い。色々なことを考えすぎて、頭の中がいっぱいだ。

 時の流れは、いつも、最悪な方向へと向かっている。願いとか祈りや希望なんてものを嘲笑うように、無慈悲な運命を叩き付ける。
 振り返れば悲しい現実ばかりなのに、どうしてか、それでも、その中でも俺は笑っている自分を見つけだすことができた。思い返しても、おかしな話だ。狂うほどに悲しかったことばかりなのに、それでも思い出の中、俺はそこかしこで楽しそうに笑っていたことがある。月でハロを拾った時、アストナージさんといっしょに整備したことやZガンダム、地球でカラバといっしょにいた時、シンタとクムと遊んだことや、フォウやロザミィと出会えたこと。
 なんだ、そんなことかと今なら見えてくるものがある。人は悲しいだけじゃ生きられない動物なんだ。だから、他人から酷い奴だと罵られそうなほど忘れっぽい動物なのだろう。…だけど、それだけだろうか?
 アムロさんは、昔、ベルトーチカさんのことを「オールドタイプだから、昔のことを簡単に忘れられる」と言った。でも、俺はそうすぐに立ち直ったとは思えなかった。悲しい記憶を消せば、忘れれば、そうすぐに笑えるのだろうか?
 だったら、全部投げ出して狂った俺は、すぐにでも笑えるものだろうに……笑えやしなかったし、手足も動かせなかった。あちこちの情報を一方的に吸い込み、吸い込むだけで頭がいっぱいになったあの一年…理解できたことは、人は悲しいことも楽しいことも合わせて生きて、それで帳尻があう動物なんだってことだ。
悲しいことも嬉しいこともない混ぜにされた日常こそ、俺たちの心だろうと思う。

 やはり、俺は、まだ子供なのだろう。齢はもう大人だけれど、建設的な言葉がうまく見つからない。全部壊れて、粉々になって、後は組み立て直すだけだろうと思っていたのに、俺はあの時とちっとも変わってない気がする。ジュドーのこと笑えないや。暗くて嫌になる。あけすけなジュドーの明るさを半分でも貰ったらどうにかなるんじゃないかと思ってみたりもするが、それもナンセンスだ。
 やっぱり徹底的に壊れないと、俺はキチンとならないのだろうか。





 窓の外が白んでいる。ぐだぐだ考えているうちに、朝になったらしい。
 結局のところ、どうしたって時は流れている。太陽と星の流れ、俺にはどうしようもない。
 頭が痛い。言葉を口にしないまま考えすぎると、激しい頭痛が襲ってくる。機械がショートしてしまうみたいだ。俺は医者だから、対処法はわかっている。ストレスというものは愚痴るか、それか、吐くように書き出して、思いを外へぶちまければいいのだ。堂々巡りのような辛い言葉が並ぶ。しょうがない。悲しいことは外へ吐き出したいし、嬉しいことはいつまでも内の中に留めておきたいんだ。
 だから、俺はあまりジュドーや大尉のことを書いたりしない。

 今は他に考えることがあるだろう?
 軍の式に参加するわけにはいかないし、…ブレックス准将の墓参りもできそうもない。だから、代わりにイーノに献花してもらう花を考えなくちゃいけない。あと二、三時間も経てば大尉も起きてくるだろうし、大尉に相談してみようと思う。
 ひとりで思い悩むとあまり良いことは思いつかないから、誰かと相談するといいだろう。けれど、大尉はあれで俺よりも深く悩みすぎるところがあるから、あまり頼りすぎてもいけない。そこの匙加減はちょっとむずかしい。俺は子供じゃないんだしな。

 変な日記だ。
 子供だとか、子供じゃないとか、都合のいいことばかり掲げている。ほんとうに俺って、くだらない厄介事まで抱える奴だ。ファから貧乏籤引いているって言われてたけど、本当だな、まったく。


 五時間以上もよく悩んでいられたなと、我ながら呆れてしまう。頭痛の酷さは、薬でどうにかなるだろうか?一秒ごとに痛む頭からバラバラと崩れ落ちるものがある。パズルが崩れるような、無限のピースが足元にばら撒かれたような、そんな気がする。
 俺が俺自身を考えるってことは、そのピースをかき集めて、元の形に戻すってことなんだろう。しかも、考える毎に新しいピースが生まれてきて、至極やっかいな作業をしていると思う。
 本当ならば、さっさと薬を飲んで寝てしまえばいいのに、そうすることができないでいる。区切りがつかない。なにか、はっきりとしたものを掴むまでは、俺は手を休めることができない。



 目を閉じて…開けば、既に三十分経っていた。
 鳥の鳴き声が聞こえる。少しだけ、俺の中が落ちついたようだ。小さな固まりを見つけた。

 俺は強くなりたい。大尉が俺を頼れるほどに、強くなりたいと思う。

 俺は男だから、ララァ・スンやナナイさんのように大尉を包み込んだり、休ませてあげられない。年下だから、大尉を窘めたり、説教するほど達観した経験は持ち合わせていない。
 けれど、俺は生きたい。あの人といっしょに生きていたい。シャアと呼ばれたあの人の傍にいたい。俺たちが過ごした時間はあまりにも少ないからこそ、いつでも傍にいて、話がしたい。

 ブレックス准将のことを思い返して、俺は少し考えた。死んだら、何もできないのだと。死んで、周りに影響を与えることはできても、自分自身は何もできやしないのだと、手足一本動かせやしない。当然のことだけれど、そういったことは生きている者しかできないのだ。だから、俺は生きていたい。
 あの人の帰る場所になりたい。愚痴を吐き出す相手になりたい。

 昔、自業自得で両親を失った俺を、大尉は自分の籍へ入れてくれた。戦時中の忙しい中で、偽名な上に仮の養子関係には呆れたけれど、本当は嬉しかった。認めてほしくて、憧れるほど強い人の身近になれたことが少し誇らしかった。
 思えば、子供の時から俺は家族に憧れていたのだろう。

 家族は強くなくちゃいけない。頼って頼られるのだから、それなりに強くなくては、頼ってくる相手に失礼だ。
 俺とあの人が孤独だから擦り寄っているわけじゃない。
 俺は、あの人の役に立ちたくて、昔、Zに乗った。
 今は…なんだろう?俺は、刃のようなあの人を出迎える鞘になりたいのだろうか?

 こんなこと言うと、笑われたり、怒られるかもしれないから、話さないでおく。
 子供の頃から憎み続けてきた、切っても切り離せない家族の「しがらみ」というものを、俺は本当は望んでいたらしい。
 だから、俺は追いかけていたのか。俺はさびしいのか。けれど、さびしいだけじゃ、あんな危険な人を追うことはできなかった。

 だから、たぶん。俺はずっと、あの人の家族になりたかったんだ。
 あの人がなんと言おうと



-End-


(…そして、書きかけの日記は、六時間後に偶然暴かれてしまう。)
'Kamiru's Diary from "pay pathos squall"

『18000秒の愁いパズル』
2002/10/11 2:14:00 終筆

サンライズ禁
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