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Written by Jun Izawa



ペイ・ペーソス・スコール


 三人分のレンタルビデオを返しに自転車を漕ぐジュドー。
 週末の土日は午前十時から営業なので、それまでに返却ポストへ入れたらセーフだと、営業時間二十分前に家を出る予定だった。がしかし、ジュドーが玄関先で靴紐結んでいる矢先にだ。
「あ、ジュドー、俺の分も返してくれよ」と「なら、私の分も頼む」とのふたり分の声とビデオがジュドーの背にかかった。

 住んでる場所は、地球の某所。
 顔はバレやしないが、素性バレると政府のお偉いさんが大勢で取り囲む(らしい)から、秘密だ(そうだ)。なんで三人で住んでるかは、もっと秘密(らしい)。
 もっとも、彼らが住んでいるところへジュドーが後から転がりこんできたのだから、彼はふたりからこの秘密主義を押しつけられた側にいる。
 実際、ジュドーが初めて彼らの元を訪ねた時、ドアが開いた瞬間に二丁の拳銃を突きつけられたし、度肝ぬく脅しをかけられたりもしたのだが…まぁ、誤解もあったし、その話はまたあとにしよう。
 ともあれ、三人が暮らす状況を他人へ説明するには、『CCA』って暗号めいたある戦争の話をしなければならないが、喋ればせっかくおだやか生活満喫してるふたりの顔が曇ってしまう。で、どれだけ金を積まれたって誰にもバラスものか、秘密にするぞと固く誓って、ふたりの家に居候するジュドーであった。

 ところで、ビデオの返却。借りるのはバラバラだが、返す時はいつもジュドーの役目…のようなものだったから、ついでついでと押しつけられたって、彼もさほど気にしない。
(…それが、平日ならばの話だけどさ)
 しかし、今日は土曜。思わずブスッとしたジュドーは、ふたりを見上げた。
「あのさぁ…。ふたりとも今日は仕事休みなんだろう?たまには、自分の足で返しに行かない?」
「面倒くさい」
「…だったら、借りるんじゃねーよ。」
 ジト目で溜息吐きつつ愚痴ると、ムッと頬を膨らませたのはカミーユだった。横に立つ彼は苦笑しているだけだ。
「………あのねぇ、借りてるもの返すのがレンタルってもんでしょ?」
 ジュドーは、痒くもない頭を掻きむしった。痒いのは頭の中である。
(ナニオレ、年上に、しかも大人にこんなレクチャーやってんだろ…)
「なにケチケチしているんだよ、ジュドー。ついでなんだから、いいだろう。ほら、タオル持っていけって!」
 突然タオルを二本も投げつけられて、受け取ったジュドーもあまりの乱暴さにはムッとした。
「何?カミーユさん、オレにケンカ売るつもり?」
「なんだってぇ!」
「……やめないか、ふたりとも。」
 犬同士が唸るように顔を寄せ合ったカミーユとジュドーの境に、やんわりと手が入った。その手は緩やかにカミーユをジュドーから引き離すと、その代わりといわんばかりにジュドーの胸ポケットへスルリと紙幣を差し入れた。
「あ!」
「まぁ、ついでとはいえ、運び賃ぐらいは渡さないとね。」
「へへッ、やったね!さっすが、赤い彗星は物分りがいいですぜ!」
「大尉!」
 へっへーン!とジュドーが得意げに鼻頭を擦れば、カミーユは非難がましくシャアを睨み上げる。子供じみた膨れっ面は、とてもじゃないが二十を超えた青年がするものではない。その視線を間近で受けとめた男は(かわいいものだ)と観賞しつつ、苦笑いを浮かべてカミーユの肩を叩いた。
「無報酬の仕事は、私も嫌いだからな。」
「そういう事ではないでしょう!…ああもう…またジュドーがつけ上がる…」
「子供への小遣いだと思えばいいさ」
「ちょっと待ってよ!オレ、もう成人してますけど!」
「金無心する奴はガキなんだよ。ガキガキガキ〜」
「そんなこと言うカミーユの方がガキじゃんか!」
「年上を呼び捨てにするなよ!」
「ガキみたいなこと言うひとはいいの!」
「なんだって…ジュ〜ド〜」

「ちょっと待たないか、ふたりとも…」
 左手にカミーユを抱え、右手で噛み付くジュドーを抑えつつ、もう一人の同居人は顎で壁の時計の方をしゃくった。
「いいのか、ジュドー。十五分前だぞ」
「あ。……やっべぇ!!いってきます!」
「…フン、」
「ああ、いってこい。」
 一方は鼻息で、片割れはにこやかに手を振り、脱兎の勢いで自転車を漕ぐジュドーを見送った。……ただし、(当分…帰ってくるなよ、ジュドー・アーシタ…)との思いは両者とも一致していた。それを、ジュドーは知らない。

「さて…、」
「…聞き逃せませんね、『さて』って、なんです?溜息吐くほど疲れることですか?さっきのアレが?…ああ、疲れているのですね。では、主治医として点滴でも用意しましょうか?」
「ふ…私に噛みつくな、カミーユ。」
「噛みついてませんよ!…犬猫じゃあるまいし。ただちょっと…ムシャクシャしてるだけです。」
「……どうすれば、治る?」
「貴方を一発殴らせてくれれば。」
「それは困るぞ。」
「なら、今日一日、ムシャクシャしておきます。」
「それも困るな。」
「じゃあ、今日一日、僕から離れていればいいんじゃないですか?」
「それは、…一番困るよ。」
「それじゃあ、やっぱり殴られてください。」
「……………了解した。その代わり、用事が済んでからにしてくれないか?」
「用事って?キスすることが用事になるんですか?」
 不用意に近づく男の顔を邪険に押しのけて、カミーユは緩い束縛から抜け出した。挨拶代わりのキスさえ許さない頑固さに呆れて、シャアは肩をすくめた。
「…今日はやけにとげとげしいな、君は…」
「ずっと論文読んでいて…寝てないから…こんな癇癪、大人の余裕で流してください。」
 シャアは、そうかと軽く受け流し、親指の腹で彼の瞼をそっと撫でた。うっすらとクマが出ている。
「なら、一緒に寝ないか?カミーユ。私の用事は君と眠ることだからね。」
「…了解しました。…じゃあはい、」
「なんだね?」
「運んでください。徹夜明けで、体がだるくって…。」
「主治医が患者に運ばれるのか?」
「…その前に、貴方は僕の私設護衛でしょ?」
「…私的護衛と呼んでくれないか。君と私との関係に金銭は絡んでやしない…ビジネスじゃないさ。」
「当たり前ですよ。どこに、ボディーガードに抱かれる主人がいるってんですか?患者に抱かれる医者なんて、ナンセンスです。健康を害します。」
「ここにい…」
「あぁもうッ!理屈じゃないってことですよ!貴方は僕が完治させるって言ったでしょ!完治した患者は患者じゃないんです!」
「…了解した。では、カミーユ、私は君をベッドまで運びたい。」
「ええ、お願いします。」
「それだけではなく、君と同じ場所で眠りたいし、その前に君の熱を味わいたい…どうだ?」
「お…任せします…後で一発殴る約束、忘れないでくださいね?」
「了解した。…カミーユ?」
「じゃあ…よしなに。」

 つまりは、コレ↑が、ジュドーが拗ねた一番の理由であり、ビデオ返却をダシに毎週家を追い出される『土曜の朝』の真相なのである。

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