* Better-half cring here*
a/b/c/d/end *
ブライトは眉間を顰め、ブリッジ中に響くような唸り声を上げた。 妻のミライから送られた子供達の手紙に、こんな一行があった。 『お願いです。あのひとの形見が欲しいんです。』 軟禁まがいな地上での閑職より開放され、彼が戦局の最前線ロンド・ベル戦闘部隊へ移動されてからもの、胃が痛くなる事件は、毎度のことながら突然やってくる。 くだんの一文は、前後の文とは明らかに筆跡が違っていた。しかし、別の紙に書かれていたものを貼り付けたわけでもなく、一枚の紙に同じインクで綴られている。だから、流し読みの検閲を通過できたのだろう。 (光に透して、ミライがなぞったのだろう) ブライトは、我が子の頭を撫でるように、その字を優しく指で慰撫した。 よく見知った字だった。懐かしい字だった。胃の痛くなる字でもある。 彼は、目頭が熱くなった。 (カミーユ) 禁句。 この世で、口にするを禁じられた名前だ。 かつての部下で、血の繋がらなくも我が子同然に育てた名前だ。 連邦軍同士のいがみ合いのせいで親を失った彼の父親代わりになった。 子供じみた偏屈には、拳を振り下ろした。深い悩みには、胃が痛くなるほど一緒に悩んだ。彼の心が砕けた時には、二日悔やみ、三日涙を流した。 戦火から彼を匿い、サイド1のシャングリラへ下ろした時、失踪したクワトロ・バジーナの遺言どおり、仇討ちを心に誓った。 イギリス、ダブリンで彼とファ・ユイリィに再会した時には、旧友のハヤト・コバヤシと苦い思い出を共有した。そのハヤトも、再会してすぐに戦死した。 クワトロ大尉の遺言は、ブライトではなく、ジュドーが果たした。ネオ・ジオン内部紛争を遠巻きにして漁夫の利を狙っていた連邦軍幹部の思惑をよそに、ネェル・アーガマのクルー達はグレミー軍を倒し、強敵ハマーンを倒した。 地球連邦本部への報告に地上へ降りた際、カイ・シデンの手引きで再度カミーユらと出会えた。光が戻った眼差しに、救われた思いがした。ちっとも成長していない彼の薄い背中を抱き締めながら、ブライトは、これで戦争は本当に終わったのだと、不覚にも泣いてしまった。 当時まだ未成年の彼らは、いわば戦争孤児であり、難民でもあったが、ブライトの妻の実家…富豪ヤシマ財団所縁の者が二人の後見人に手を挙げてくれた。 二人の籍を移す際、ブライトは、前の戦争で両親を亡くしたカミーユがクワトロの、ファがブライトの戸籍に『養子』として入っていたことを思い出した。しかし、戸籍を確認した時、クワトロ・バジーナのデータは削除されており、カミーユはビダン家一同が事故死として処理されていた。カイの細工と気付く前に、連邦が抹殺したのかとブライトは勘繰ってしまった。既に、カミーユには、連邦の追っ手から逃れる為にカイが用意した偽名が被せられていたので、養子縁組は円滑に済んだ。 血を繋ぐ者がいない以上、ビダン一家の戸籍データは数年後削除される手筈である。将来的に、カミーユ・ビダンは、生きたまま、社会から抹殺されるのだ。…それこそ、始めから存在していなかったように…。 エゥーゴにとって、カミーユ・ビダンの名は、ブレックス・フォーラ准将、クワトロ・バジーナ大尉に次ぐ英雄である。 地球圏連邦政府にとって、カミーユ・ビダンの名は、アムロ・レイとシャア・アズナブルとクワトロ・バジーナの代名詞であり、未知なるニュータイプへの畏怖だ。 そして、このブライトにとっては、カミーユ・ビダンは、戦争の痛みを沸き返す名だった。この世で、口にするを禁じられた名前なのだ。 誰よりも一生懸命働いてきた彼への容赦ない運命の仕打ち、ブライトはやるせない気持ちに落ちこみつつ、「どうしたものか…」と顎をさすった。数ヶ月かけて伸ばした髭はそこそこ長く、撫でつけ弄ぶ癖が最近身についてきた。 彼が欲しがっているものは、具体的にわかっている。物もある。政府の馬鹿どもに触れられないように、私物に紛れて持ち歩いていたのが幸いした。 「…いや、不幸か?」 ぼそりと呟き、ブライトは左胸のポケットへ手を当てた。 形見のつもりではなかったが、いずれ、それをカミーユへ手渡すべきだろうと思い、ずっと…それこそジュドーらと戦っている時からずっと保管していた物だった。彼から請われたならば、すぐにでも送るつもりでいた。 「…しかし…わかっているのか、おまえ?」 いかんせん、時期が悪い。ブライトには、たった一行を書いた彼の真意が汲み取れなかった。軍から離れているとはいえ、彼が世情に疎いとはとても思えなかった。なのに、今頃になって『欲しい』と願う青年の気持ちは、ブライトにとって不可解であった。 「…わかっているのか、おまえ?…もう、私達と戦ったクワトロ・バジーナはどこにもいないんだぞ。」 いるのは、エゥーゴの裏切り者。難民収容コロニーから反乱の悪種を振り撒くジオンの影、シャア・アズナブルそのものだ。 あれから数年経ったが、カミーユ・ビダンらと顔を合わせることはなかった。ハマーンを倒した直後の地球での再会、あれきりだった。 宇宙に戻ったブライトには連邦の監視が秘密裏についている。彼を歴戦の勇者と崇めておいて、影では危険分子とみなしている。軍幹部が、彼をアムロ・レイと同じくニュータイプ素質者だと勘違いしているからだ。 だから、ブライトがカミーユと会えば、連邦は彼の生存を簡単に知ることができ、彼はまた波乱の人生に投げこまれてしまう。それはなんとしても避けたいと願うブライトは、彼らへ援助したい気持ちを抑えつつ、妻ミライから送られてくる手紙の端々でカミーユとファの日常を知るしかなかった。 ただ願っていた。 二度と戦場に帰ってくるなと。 ……そしたら、ある日突然、これである。 相談すべき相手のいない艦内で、ブライトは腹を押さえた。悲しいかな、頭が泣けない代わりに、胃がシクシクと泣き出し始めている。これはむこう一週間は薬三昧かもな、とブライトは自嘲した。 |
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