* Better-half cring here*
a/b/c/d/end *
友達とふざけすぎて思わず車道へ出てしまった、と町の診療所へ運びこまれた少女は苦痛の涙に濡れたくしゃくしゃな顔でしゃくりあげながら話した。車体を掠るようにエレカに弾かれた子供の容体は足の骨折程度と診断したものの、カミーユは万が一を案じて、診療所にない精密検査機MRIを以前勤務していた病院で貸してもらおうと古巣を訪ねた。 しかし、カミーユは、そこの医師から思ってもみない拒絶を受け、面食らった。 「…その料金には、どのような根拠があるのですか?!」 つまり、病院の機材を無償で貸すわけにはいかないってことだ。使用料はむろん払うにしても、機材を買い上げるわけでないのに、法外な賃借料なるものを突きつける医師と事務員へ、カミーユは苛立ちを隠せなかった。 その上、医師が掛ける濃いサングラスが癇に障った。放射線治療でも、レントゲン撮影技師でもないくせに、しかも、いかにもおしゃれ用なサングラスで表情を隠す魂胆がみえていて、正直、カミーユは反吐が出そうだった。 「拒絶するなら、僕の目をちゃんと見て、仰ってください。」 「嫌だとは言っていないはずだが…」 イエスでもない。ノーでもない。あいまいな言葉でごまかして、自分の答えを相手に導いてもらうような言い方は鼻につく。トランプのババ抜きじゃないんだぞ、とカミーユは毒付く。そして、医師に噛み付いた。 「なら、もし子供が診療で見落としていた外傷で死亡でもしたら、あなた、責任とれるのですか?」 「そ…そんなことを私にいわれても」 「命を守るのなら、どんな小さな見落としもしてはいけないんだ。それがわからない貴方ではないはずでしょう!」 と、声を荒げたカミーユは、突如、自身へ驚きを感じた。怒鳴られた相手も面食らっていた。こんな卑怯な言い方しかできない最低な奴だと相手をよく知っていたにも関わらず、カミーユの口は、まるで信頼していた相手に裏切られた、失望した風に語る…彼は慌てて自分の唇を掌で覆った。 「クリス…!少し、冷静になれよ。」 付き添ってきた知人の医師も、君らしくないなとカミーユを窘めるが、彼は、己が制御できなかった訳をおぼろげに噛み締めつつあった。 (…冗談じゃない、いまさら!) 不快感もあった。 ある日、町外れまで往診に行った帰り道、カミーユはふと視界に入った店へなんとはなしに足を向けた。骨董屋のウィンドウが目に入ったのだ。古いコンデンサーから、ガスランプのようなものまであるナンデモ屋の匂いがする店の陳列物を面白げに見ていると、不意に痛覚を刺激される感覚に彼は陥った。サングラスである。不可視な濃いレンズで、端に小さなヒビが入っている。ヒビが入った眼鏡の商品価値は低そうだ。 なのに、高い。 首を捻る彼に、奥にいた店主が声をかけた。付加価値があると、あの「シャアが使った品」だと、店主は言った。カミーユは驚いて、店主へ振り返った。 嘘っぱちであることはわかりきっていた。たぶん、店主もカミーユと同じ考えだろう。そのフカシは、これをここへ売りにきた旧軍人連中が流したホラ話だろうと、彼は感づいていた。 傾いたフレームに触れる指は戦慄く。見開く彼の脳裏に、宙に舞う金の波が蘇る。月光より眩い百式に似て、優しく揺れる後ろ髪をかつて追いかけていた。 「シャア・アズナブル……?」 驚きと怒りが、一瞬のうちに体へ満ちた。これが?…手に触れる紛い物をカミーユは呆然と見下ろした。 敬愛する上官の名を汚された部下の憤り?…違う、違うと、カミーユは首を振った。シャアの名がはした金稼ぎに使われたことで怒っているんじゃない、と彼は首を振った。振ったのは、まだ彼の名に縛られている自分の弱さを振り解きたかったからだ。一秒で沸きあがった快楽の腕を振り解きたかったからだ。 (嘘っぱちの品とたった一言で、宿る安心感なんて…俺はいらない。) 「いらない…はずなんだ…。」 きっぱりと言いきれない。そんな弱さは、嫌いだった。 月を見上げる癖は、嫌い。悪夢から飛び起きる度に月を探す自分が嫌いだった。 だから、月へ来た。なのに、その癖は治らず、今度はアレへの過敏症ときた。…カミーユは、泣きそうな気持ちをこらえ、溜息にごまかし、店を出た。 自分のことだから、よくわかっている。 おそらく自分は、この店の前を散歩するだろうなと。それこそ、雨の日だって。 月面都市は風が強くない、雨も管理されている。下町のぬるい風を払い、カミーユは家路を急いだ。風呂に入りたかった。正確には、シャワーを浴びたかった。幾筋の水を浴びているうちならば、涙だってそのなかに紛れてしまうにちがいない。 |
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