[葉にならない//Amuro.Ray ver.1.1/c]


 心暖かくなる手紙に潤ませた目が瞬く。感激したからではなく…次に受信した手紙に驚愕したからだった。
「……まった、えらくデカイものを送りつけたな…」
 嬉しさ半分、照れを隠して、アムロは目の下を擦った。
 がしかし、送信者のサインを見やる瞳が凍る。

『 争うために生きるのか 』

「…おい、これは……どういうことだ?」

『 争うために生きるのか 生きるために争うのか
  矛盾の絶えない世界に 僕たちは血まみれで、
  それでも、僕たちは生きていく理由を見つけました。

  ムーシュの為にと、サジェストが走り抜けたように、
  今度は、貴方の番ですよ。
                ----- アムロ・レイさんへ  』

「サジェスト…だってぇ?!」
 文章は、誕生日祝いを述べるには物騒な言葉だった。
(一体、地球であいつらは何をやっているんだ?!)
 絶句するアムロの脇で、メールに添えられた圧縮ファイルは勝手に自己解凍を実行し、望んでもいないうちからデータの再生を始めた。その一方的な自動実行形式は、まさしくサジェスト流の傍若無人さを彷彿させる。アムロは、九十三年春の反乱で刃をまみえた青年艦長の不遜な笑みを回想した。
 サジェストといえば、アナハイム・エレクトロニクス社の手先でカミーユを苦しませた相手だ。アムロ自身、戦闘では煮え湯を飲まされたものだ。
(だが…あいつは消えたはずじゃないのか?シャア!)

 データは映像のもので、アムロはディスプレイを覗きこみ、首を捻った。
「…なんだ?音は出ないのか?」
 そこは、地上の田舎らしき風景だった。家庭用らしきビデオカメラはさほど性能はよくないようだ。時たま、画面が乱れる。それはグルリと周囲を映し出した。赤茶けた砂の大地とちらほらと群生する雑草と澄んだ青空を見て、アムロは感に堪えない表情を浮かべた。
 ビュウウッと乾いた風の音がスピーカーから響く。
 掠れた記憶の中でも、懐かしいと感じられたことは嬉しかった。
 七つの時に、父と離れた故郷であった。
 十五で、一度訪れたきりの土地だった。

 旧世代な造りの一軒家がそこにあり、映像はいったん途切れ、再び繋がった際に浮かんだものは家の中で……そこに立つ人物に、アムロは愕然とした。
 ベルとはとっくに別れ、チェーンは死んだ。だから、彼女が正真正銘たった一人残ったアムロの家族だ。
「三十も過ぎて、まだ…ッ、」
 嗚咽感が喉に詰まる。激しく咳いて苦しみながら、アムロは壁にもたれかかり、頭を掻きむしった。
「親離れできないのかよ…かっこ悪いよな…」
 けれども。
 嬉しくて、嬉しくて…言葉にならない。

 あの星を守って、よかった。
 貴女が生きていてくれて、本当によかった。
 この日を覚えていてくれて、ありがとう。

 伝えたい言葉が何百と思い浮かび、しかし、思うままの言葉にならない。

(あなたをずっと恨んでいたよ。)
(どうして、いっしょにサイド7に行ってくれなかったんだよ?)
(ホワイトベースに戻った僕をなじったよね?)
(でも、いいんだ、もういいよ。わかったんだ。)

 撫でることだけが親の仕事じゃない。
 そして、我が子の前でだって、親は一人の感情ある未完の動物であり、誰かの子供なのだ。あの父のように、シャアのように、己のように、我が侭を振り回す大人はいつだっている。

(僕も、もう、…大人だからね。)

 映像の中で『母』は、涙ぐんでいた。喉を震わせながら、何度も頷いていた。まるで今こうして彼が喋りかけようとする言葉を聞きとめているかのように、彼女は何度も首を縦にふり、罵倒も、叱責も、甘えも何もかも、与えられる全てを受けとめようとして見えた。
 母が見せる抱擁力の深さに感銘を受けながら、その割に、昔より小さくなった体、ひしゃげた皮ばかりな指にアムロは老いの残酷さを思い知った。
 枯葉のように見えた。無機物であるはずの眼鏡のフレームの方が、彼女の骨よりも逞しく見えた。
 いずれ、彼女は枯葉のごとく地球の土壌に戻るのだろう。
 そして、自分は生きた彼女を抱き締めることは叶わない。
 それほど、ここは遠い世界なのだ。
 アムロは悟っていた。
 この映像を送りつけた者の魂胆を。
 …明日への活力を与えるような、退路を断たれたような、アムロ本人さえ知らずにいた身の内の未練を暴き立てる映像に、サジェスト流のアンチテーゼが練りこまれている。
 しかし、アムロは彩る皮肉を撥ね退け、ただ素直に『あの子』と呼ばれる青年の好意だけをこの贈り物から受け取った。
 母の掛ける眼鏡のレンズに反射して見えた人影を、この映像を撮った者達を見つけ、そこにあの子の姿がないことに気づき、彼は事情を察したからだ。

 アムロは目を潤ませながら、にんまりと笑った。
「どうだ…い、シャア、この人が僕の…母だ。」
 誇らしげに微笑んだ。ささやかな優越感に浸った。
「僕を産んでくれた。優しい母だよ。」
 カメラを回した彼には、彼女がどういう風に見えたのだろうか。みすぼらしい老女?…いいや、そう見るような男ではないことを、アムロは知っていた。
 彼が、シャア・アズナブルが母を知らぬ幼少期を過ごし、ララァ・スンの亡霊にさえ母性を求めた不幸な男だからこそ、彼はそこに立ち、カメラを回しているのだろう。
(…いや、)
 彼は、もう不幸な人間ではないはずだ。

 涙声混じりに必死で喋る母からのメッセージを見守りながら、アムロは、混乱する胸中でただひたすらに、祈りの言葉を呟いた。

 どうか、どうか、いつまでもお元気で。

--- おまえも元気でね。アムロ。

 過去の母が、今のアムロへ相槌を打った。
「かあさ…ッ!」
 瞬きを忘れた彼の瞳から、涙が溢れる。
 胸が張り裂けそうな熱さに耐えかねて、アムロは床に崩れ落ち、号泣した。

 嬉しくて、嬉しくて、言葉にならない。
 どうか、どうか、いつまでもお元気で。

- End -

葉にならない-Amuro.Ray ver1.1』
2002/07/24-2008/11/29 4:19:06 終筆
サンライズ禁
BGM:言葉にできない/小田和正
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