Forbidden love



 こんな初っ端で計画から一人お先にリタイヤしちまったんだが、
 まあこれもしょうがないかってやっちまったことを悔いるのはやめた。
 八方塞がりで、あれ以上のいい手は思いつかなかった。
 けれど、あいつからおまえを守れて俺は嬉しかった。嬉しかったんだ。




もうじき、俺は、ティエリアだけの俺になる。それで手を打ってくれ。


S a n c t u a r y

Written by Jun Izawa



 なあ、少し、「かなしい」話をしよう。


 昔、白髪の牧師が説教たれた悪魔ってのに絵があるんだったら、きっとそりゃ、あの男の面構えに違いない。
 最後に狙い撃った相手がどうなったか、じっくり見定めることはできなかったが、それなりに感触はあった。十中八九、無事じゃねえ。

 GNアームズの砲台から弾き出された。ロープのフックは緩かったから発射の勢いで身体が後方へ投げ出されたのだろう。五体不満足だが、いくらか遺言言い残すぐらいの余裕はありそうだった。
「…刹那……答えは出たのかよ…」
 帰艦中のデュナメスは遠く、こっちへやってくるエクシアもそこそこの距離で有視界回線は使えそうもなかったが、俺の知らないテクを持っていそうな組織がパイロットスーツにブラックボックス隠していたっておかしかない。
 もし残る音声記録ならと、当たりさわりないことを言った。随分と会っていない、俺の家族、俺の片割れ、ライルの名を呼んだ。

 血の味はとても不味くて、吐き出そうにも肋骨が折れて満足に呼吸ができなかった。仕方なく、痛みをこらえて腹に飲み込んだ。喋るのも辛かったが、無重力はイカしたクッションで身体を動かさなければ内蔵損傷も骨折の痛みもそれなりにしか襲ってこない。
 言うべきことは早々に言った方がいいと、GNアームズの残骸がチリチリと際どい小爆発を繰り返す。

 ごめんな、皆。もう言うことないと思うんだが。薄情ですまない。
 ヒューヒューと、ひどい風邪をこじらせた声ばかりが出る。
「……(ティエリ、ア)…」
 音に出さず、唇を震わせただけで、愛を呼んだ。

 何も残さないよ。誰にも聞かせやしない。
 おまえだけが、知っていりゃいいんだ。
 なあ、ティエリア・アーデ。
 好きだった。…嘘、嘘だ、ずっと好きだ。まだまだ惚れている。

 教えてやりたいことはまだまだ残っているけど、おまえに捧げたい言葉は言い尽くしたつもりだ。

 愛しているよ、ティエリア。
 おまえがこのこと知ってることが何より嬉しい。

 なあ。生きろ、生き続けろ。
 いつかは報いを受けるだろうけど、それまでおまえの中で俺の気持ちは残り続けるから。
 いつかは報いを受けるおまえを、俺は待っているよ。
 触れないのはちっと辛いんだけど、おまえがこっちに来るのが少しでも遅いことを祈ってるよ。

 傍にいたかった。から、これからは傍にいることにしよう。
 見えないけど、いてやるよ。なにもできないけれど、ティエリア。
 おまえがそれでも「いい」と頷いてくれるなら、俺のこれまでは「少しかなしい」だけの話だ。

 ◆

 なあ、ニール・ディランディ。聞いてくれないか、この惚気をさ。
 息苦しかったけれど、結構快適で、とてつもなく幸せだったこの数年が、さ。貴重だったよ。
 瓦礫の中で死にかけたよな。生き残ったことが辛かったよな。死んだひとの分まで…なんて頑張るのはきつかったし、笑っても楽しい気分になってもいいのか、許されるのかなんて悩んだりもしたよな。生き残ったことが罪で復讐が罰だと思い込んで、銃の腕を磨いてたんだ。

 サーシェスを撃ったとき、俺は家族の仇を、ニールとしての俺のけじめをつけた気がしていた。上機嫌でよ。死にかけてるくせに、ぼうっとした頭は笑いを堪えないでいた。
 こんなことしたって、時が戻らないことはわかっていたさ。死んだ奴はかえってこないことも承知している。
 無茶苦茶な手であいつに向かったのは、あの男に俺の大切なものを壊されたくなかったからだ。怖かったからだ。
 あいつは、俺の家族を奪った。アザディスタンに内乱を引き起こした。ソレスタルビーイングの計画を引っ掻き回した。アリー・アル・サーシェスは刹那の人生も、俺の人生も駄目にした。それだけじゃなく、あいつはガンダムを奪った。俺が血の滲む思いで手にした力を、あいつはあっさりと人殺して奪い取った。その力で、今度はヴァーチェを狙ってきやがった。GNフィールドがなけりゃ、ヴァーチェの防御能力は格段と落ちる。そこを見越した酷ぇやり口だ。段違いの破壊力を持つヴァーチェを狙うのは正しい戦法だろうが、んなのクソくらえだ。カッときて、俺は出撃した。
 ニール。俺は、存外に臆病者だ。
 悪魔は仕留めた。あの悪魔が残りの俺の家族を狙うことはできない。
 俺の仲間を、ティエリアを殺すことをあいつはもうできない。
 ざまあみやがれ。俺の不幸はここで終わる。それが嬉しかった。

 じゃあな、ニール。ここでバイバイ、お別れだ。
 おまえの仇は討ったから、ここからは俺の時間だ。



 俺はソレスタルビーイングのガンダムマイスター、ロックオン・ストラス。
 成層圏まで狙い撃つ男で、色惚けの優男で、奇妙奇天烈な美人さんにひと目惚れしてモノにした今世紀最高の幸せ者で、稀代のヒットマンで、人殺し。それから、…それから、ああ判ってるいるさ、俺は物語の勇者じみた「選ばれし者」じゃない。ただの人間だ。死ねばいなくなる。後世の歴史書に載るのはガンダムだ。本物の俺じゃない。
 直に、俺は十人にも満たない記憶の中の固まりになる。
 ニールを知る奴は地上の片割れライルしかいないが、あいつはニールのロックオンを知らない。知る必要はない。
 俺を知っている奴の中で、俺の秘密を握っているのは一人きりだ。
 …ん?ああ、おまえも惚気聞いてたんだよな。じゃあ、二人だ。

 なあ、ニール。なかなかにいい人生だったと思わないか?
 スタートには蹴躓いたが、柔かなで可愛いくて美味いゴールにありつけたんだ。最上だね。

 俺の大事な人と同名のそれに、手を添えた。握れば潰れちまいそうにちまっこい。目の錯覚で自分がとても巨人のように思えて、笑えた。こんなに卑小な男のくせに。
 あの中で無数の感情が蠢いている。善意も悪意もごった煮だ。同名というだけで、俺の聖域があれらに汚されていくような気になって、つい恨み言を吐いてしまった。
「…よう、おまえら…満足か……こんな世界で…」
 イオリア・シュヘンベルグに、ヴェーダ、大層な皮肉をありがとな。俺は、あんたらの復讐に手を貸せなかったな。餌食にもなりゃしなかった。それどころか、あんたらの宝物を掻っ攫っちまった。ああ、悪魔は俺か。あんたらにとって「酷い男、再び」ってな。まあいいじゃないか。もうじき、俺は、ティエリアだけの俺になる。それで手を打ってくれ。
 あんたらの美しい理想とやらは、刹那やティエリアが叶えてくれるだろうから。
 俺も、それなりにもがいて見せた。世界を変えようと動いたことは本当だ。
 なあ、地上のあんたら。どうして悲しいことを、悲しくならないようにできないんだ。

「……おれ…は……嫌、だね…」
 寒いはずの宇宙が一瞬眩く輝き、熱いなと思った後に、これが最後の機会だと誰かが囁いた。

 だから、俺は呼
ぼうとしてやめた。

(ティエリア、)



 愛はもうとっくに、おまえへ辿り着いてい
る  。




- End //and next→[1st-24:光芒] /and go→[2nd-09] -

『Sanctuary』
2008/12/05(金) 04:59 終筆
2008/12/20 (土) 06:03 加筆
サンライズ禁
BGM:Sanctuary(B'z)
*1期23話のロックオンの最期をリライト。実は途中で死亡してます
*宇宙の中心で愛を(ry なロク一人語り。最後の最後ちょっと反転。
「辿り着いている」「いるさ」「いるよ」の語尾違いで、えらく印象変わる兄貴。


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