とダイヤモンド

Written by Jun Izawa




「人間の体から宝石が産まれるって、知ってましたか?」
「まさか。」
 男は、彼の話を間に受けず、横たわる肢体へ腕を差し伸べた。滑らかな肌を掌で味わう。ところどころ引っかかる傷跡は鋭い刃物か何かで切られたような線を描き、細い彼の肢体を占領していた。脇腹から臍あたりまでのそれは、手術跡のようにもみえる。
「本当の話ですよ。」
「…真珠か?」
 男の指がスルリと腹の傷をなぞった。少しもりあがった肉の線は、阿古屋貝の口を男へ連想させた。
「はずれ。」
 くすぐったそうに身をよじり、彼は男の手をとった。そして、男の薬指のつけねに舌を軽く押しつけた。
「ダイヤモンド。」

「……炭素だからな。」
「ロマンがないなぁ、貴方ってひとは。」
 苦笑とも嘲笑ともとれる歪んだ笑みを浮かべ、彼は前髪を梳いた。そして、その手で女の名前を指折り数える。
「いつになっても、そんな調子で…なんで、こんなひとに女はホイホイひっかかるんだろうなぁ。」
 指折る手を片手から両手へ変えて、彼は意地悪げに男へ顔を寄せて、頬を擦り合わせた。
「この顔に騙されるのかなぁ…。」
 薄い皮膚を通して、男の体臭と温もりが伝わる。それは、顔の美醜に惑わされない彼の好みのものだった。名を変えようが、顔を変えようが、臭いさえ覚えていれば、男を見分けられると彼は自負していた。
 何年もの腐れ縁だ。男の手を気まぐれにすり抜けた女たちとは比べ物にならないほど、肌合わせたのだ。彼も他の女たちと同様、男を掌握することは叶わなかったが、唯一勝ったものといえば、男の追う理想像を演じきることができたことだった。
 その茶番も、もうじき終わる。
 理想を演じきって、全てが終わる。

 1000年もすれば、魂のダイヤモンドが芽生えるだろう。

「化石がダイヤモンドになるのだから、研究すればできるだろうな。」
「綺麗だそうですよ。レッドにイエロー、…あとブルー系の…なんだっけ…?」
「…色がつくのか。」
 声に落胆の色が見える。
「仕方ないんじゃないですか?」
 あっけらかんと彼は肩をすくめて、答える。
「人間から作るならば、透明であるわけないでしょう。」
「なぜ、そう思う?」
「人間は、純粋なまま死ねないからですよ。」
 まっとうな答えを返したように、彼は、我が言葉を満足げに復唱した。
「僕の場合は、赤にしてくださいね。」
「なにをだ。」
「色ですよ、色。」
「…君には合わないと思うが」
「貴方には合うでしょう?」
 クック…と、鳩のように男はくぐもった笑いを漏らした。
「………私が死ぬのか?」
「いやだなぁ、」
 困ったように笑みを浮かべ、彼は男の手を取り、己の首を捕まえさせた。
「赤は、貴方のお気に入りの色でしょう?」
「…君が死ぬつもりか、」
「いつかは。」
 首を撫でさする手つきだった腕に力がこもる。
「モビルスーツの爆発に巻き込まれたら、パイロットの体なぞ燃えてしまって、灰どころか、塵にもならんぞ。」
「そうですね。」
 首を押さえ込まれているにも関わらず、彼は飄々と返事をした。
「じゃあ、今のうちに指の一本でも切っとこうかな。」
「カミーユ!」
「…冗談ですよ。髪でも、爪でも伸ばします。髪の毛だって燃やせば灰になるんだから。」
(貴方はいつだってそうだ。僕の気まぐれにも、まじめに受け答えして。)
 おかしそうに声を立てて、彼…カミーユ・ビダンは笑った。いつからか首を締める手は解けられ、誘われるままに互いの唇を貪った。


「…のばす余裕はないぞ。」
「ええ、そうですね。」


 もうじき、贋物の月が落ちる。

-end-

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 シカゴの会社「ライフジェム・メモリアルズ」はこのほど、火葬した遺体の骨や灰からダイヤモンドを作ることに成功した。
 「すべての生物は炭素でできているが、ダイヤも同じ」と同社の社長。3年間かけて開発し「墓石や遺灰の入ったつぼでは故人を十分にしのべないという方々への答え。持ち運びもできます」と売り込みに躍起だ。
 ほんの少量の炭素で0.25カラットのダイヤができる。費用は4000ドル(約48万円)、1カラットなら2万2千ドル。
(2002.8.23 シカゴ ロイター=共同)

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灼熱の焔が 燃え上がる松明の如く
君から噴き出るとき
君は知らず 自由の身なるを
君は知らず すべて失われしとき
残るはただ 灰と嵐の深淵に落ちゆく昏迷のみなるを
その灰の底に ダイヤモンドが横たわり
永遠の勝利の暁に 星の如く輝けることを

詩:ノルヴィッド

とダイヤモンド』
2002/10/31/01:48 終筆
サンライズ禁
BGM:Chihiro Oniduka/漂流の羽根
ネオジオン・カミーユ設定、ありえない具合に外伝。
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