Forbidden love |
(『Silly-Go-Round』 本文サンプル) 夢の中の少女に背中を押された気がして、俺は戻ってきたばかりの私室を出た。展望室へもう一度、ティエリアへ大事なものを捧げる為に。 たぶん、これを渡したら、俺は満足しちまって、未練もなにもなくなってしまうのだろうと、そう思っていた。 緊張して渡したつもりが、あっけなく受け取られてしまい、それはそれでいいのだが、俺の方が一本取られた気分になり、つい、出来心で簡略な宣誓まで持ち出してしまった。 「…ええっと、『共に喜び、共に幸せを分かち』だっけか」 「それで?」 「ちょっと待て、今思い出す」 呆れたように息をつき、ティエリアは掌に収めた指輪を弄び始めた。 「思い出した!『病める時も健やかなる時も…』」 長い長い口上の末、誓いの問いを牧師兼新郎の俺は唱えた。 「『死が二人を別つまで、愛することを誓いますか?』」 「誓えない」 俺の嫁はいつだって、空気を読まない。 「…ティエリア、雰囲気を味わう遊びと思えよ…」 堅物だから、正式なものでなくては口に合わないのかと思いきや、こいつは盛大な爆弾を落としてくれた。 「……死んだら、もう受け入れてくれないのですか?」 「おま、…熱烈だな、その言葉。狙い撃たれたぜ」 あああああ、狙い撃たれたぜ、ティエリア。 今俺はちょっとだけ、片目になった事実を悔やんでいる。こんな可愛いこいつを見れない右目に懺悔したい。 「じゃあ、こうしよう。死が、二人を 地獄へ連れ去っても、愛し続けることを誓いますか?」 ティエリアは笑って俺に嬉しい言葉を告げてくれた。 ああ、神様 神様。 不安げに俺の名をくり返すハロ。外に出て、改めて愛機のボロボロな外装に息を飲んだ。 ガンダムの中で唯一、太陽炉の真ん前にあるコクピット設計に感謝した。頑丈な造りにしてもらわなければ、俺は今頃仇討ちどころじゃなかった。 破片がそこら中に浮くなか、「引き返すなら今だ」とデュナメスに言われた気がして、俺はGNアームズへ飛ぶのを一瞬躊躇った。 (わかってるさ。勝率は一割以下だってことぐらい) それでも、俺は約束したんだ。あの子と。 ティエリアは守るって、まだ右腕は賭けたまんまだ。 『ガンダム・スローネをロスト。 『ロックオン・ストラトスの生体反応をロスト。 『死亡判定、受領。 『ニール・ディランディをネメシス対象から削除。 『ライル・ディランディをネメシス対象へ繰り上げ。 『VEDAへ報告。 『VEDAへ報告。 『レベル8、インフィニティ受諾。 『引き続き、ティエリア・アーデの監視を続行。 『VEDAへ……… |
(『ノーザンクロス』 本文サンプル) 振り仰ぐリジェネの顔がこっけいなほど驚愕に溢れていた。 「聞き飽きたさ。…だが、ニールは知らない。知らなくていいんだ」 イノベイターは頑丈な体をしているのか、気を失わないリジェネの苦しげな呼吸を止めてやりたくて、ライルは床へ膝を折った。 「近寄…な!」 憎悪の形相でライルの手を振り払おうとするが、虫の息では叶わない。親の仇を見るような激しい殺意に塗れながら、ライルは血に塗れた額を拭ってやり、そこにそっと接吻した。 「な…、なんのつも…」 「さあ?なんなんだろうな…でも、あんたにしてやりたかったんだ」 「じょうだ…じゃ、な…い」 「悪い。長引かせてしまったな。すぐ楽にしてやる」 敵に向ける感傷じゃないと自覚している。それでも、ライルが迂闊に喋った言葉で、この男のアイデンティティは打ち砕かれたのだ。責任は取らねばならない。 憎憎しげに歪む顔は、途方にくれた迷い子の泣き顔を一瞬見せた後からやってきた。不器用な仮面持ちといい、この男はよくよく見れば、ティエリアに似たところがもっとあったのだろう。 元は、彼らもソレスタルビーイングの子供だったのだ。 「おやすみ」 ティエリアの幸運を喜び、彼の不運をライルは悼んだ。 一発の銃声の後、噴出す血潮を浴び、ドーム状の檻は溶けるように床へと再び下りていった。 「ティエリア!おい、…おい!」 床に延びている体を引き起こす。中であったことは知らない。ヴェーダの干渉を受け、気絶してしまったのだろうティエリアを抱き直し、目覚めさせようと頬を張ろうとしたライルは首筋に細い血の川を見つけ、驚愕した。 「……やばいだろう、これは」 紫紺の髪を耳にかける。乾き始めた血の川を溯れば、耳から血が流れていたことに気付く。ライルは血の気が引いた。 ティエリアを抱え上げ、ライルは踵を返した。出口へと急ぐ。最終作戦前のミーティングで聞きかじった『脳量子波』のことを思い出す。ライルの不安は増した。 (これ以上、ティエリアをここにいさせるべきじゃない) ティエリアは人間だ。人間でありながら、ハロとよく似た機能を持つ。生体端末だ。生身でコンピューターとアクセスできるということは、相手との力関係次第では、ティエリア自身を掌握されてしまう怖れがあるということだ。 こうして眠っている間にも、彼女の中で『彼女らしさ』が書き換えられていくなぞ、信じられるものか。 「ロックオン・ストラトス、戦術プランアルファからオメガに変更する」 ライルは、スメラギから内密に手渡された戦術プランに作戦を切り替えた。それは最悪のシナリオだと把握している。 「チィ…ッ!」 床が激しく揺らいだ。外の交戦で落ちたモビルスーツでもぶつかったのか、両手を塞がれていたライルは体勢を大きく揺らがされ、たたらを踏んだ。そこへ追い撃つように天井のパネルが落下してくる。 「しまった…!」 逃げ場を失い、これまでかと思いつめ、ライルはティエリアの体を床と己の間に小さく詰め込んだ。次の瞬間に襲うだろう激痛に歯を食いしばった。 だが、パネルはライルの頭上高い位置で塵と化していた。 「な……あれは…シールドビット…?」 ケルディムガンダムの火器が、何故マイスターのライルに無断で…、ライルはナビのハロを思い浮かべ、もう一つの心当りも考えた。 『ティエリア!ライル!』 やっぱり、ニールだ。モビルスーツでは通れない狭い通路でも、シールドビットなら難なくいける。ライルはティエリアを抱え直し、迎えにきたニールの元へと急いだ。 (これなら、なんとかなる…) 目覚めない相棒をニールへ預け、ケルディムガンダムで基地から離れるように言えばいい。あとは、スメラギのプランどおりに動けば……今度こそ、世界は変わる。 「ティエリア!」 コクピットから飛び出したニールへ彼女を渡し、ライルは手を差し出した。 「ニール、銃をくれ。俺のは、バッテリーがヤバい」 「あ、…ああ。ほら」 腰に帯びた銃を貰い、バッテリー残量を確かめた。ライルは殆ど空になった己のを兄へ手渡し、もしもの場合を考え、エネルギーチャージするよう念を押した。 「じゃあ、後よろしく。俺はここですることあるから」 「待て、ライル!おまえも」 「ニール、俺は誰だ?ガンダムマイスターのロックオン・ストラトスだ」 言い返せないだろう言葉を投げつけ、ライルは体を反転させた。背後から降ってくる兄弟の懇願を切るように、両手を振った。二丁の銃を見て、さぞやニールは目を丸くしたに違いない。 ニールへ渡した時、ティエリアの腰から銃を抜き出しておいたのだ。 希望の欠片を手放すことは惜しかったが、まあいいやとライルは温もりの残る掌に新しい銃を馴染ませた。 「ひとの物欲しがるほど、俺は子供じゃないの」 |
(『スターゲイザー』 本文サンプル) こんな静かに。 死んだように降っていく流星群の夜は、二度目だった。 一度目は、人工衛星に擬態した破壊兵器『メメントモリ』をソレスタルビーイングが破壊して、その破片が大気圏で燃えながら地上に落下した夜。 地上の任務で破壊活動に参加できなかったが、二代目のロックオン・ストラトスが見事に撃ち落としてくれたっけ。 メメントモリの射出システムが、ガンダムデュナメスの超高高度射撃の技術を悪用したものだと知らされた時には腸が煮えくり返ったものだ。 その後のまさかの二砲目を刹那のダブルオーがぶった切り、辛うじて生き残っていた制御システムを俺が指令室ごと撃ち落して腹の虫がおさまったが、間に合わなかった時には、軌道エレベーター『ラ・トゥール』共々、トレミーの連中がペシャンコに押しつぶされるところだった。 残念ながら、妨害作戦は半分失敗に終わり、エレベーターのピラー外装が地上へ落下してしまい、たくさんの兵士と市民が犠牲になった。成層圏ギリギリまで俺はデュナメス・リペアを降下させ、大きな破片を狙い撃ち壊していった。地上の連中の手助けをしながら、俺はここでトランザムシステムが使えれば、と歯がゆい気分に陥っていた。火力が断然に足りない。地上のティエリアに「おまえのセラヴィー、ちょっと貸せ」と無茶を言いたくなるほどだ。 擬似GNドライブ搭載型に再構成されたガンダムデュナメス・リペアはアロウズのモビルスーツと同等の火力と機動力を持つ。だが、同等でそれ以上ということではない。 モビルスーツの性能だけが勝敗の分け目じゃないことぐらい分かっちゃいるが、その時の俺は非常に苛立っていて、俺の愛機になるはずだったケルディムガンダムに乗るライルに俺は酷く嫉妬した。 『…デュナメス?そこのパイロッ…ガガッ、所属は…』 GN粒子完全解放で揚力を失ったダブルオーが重力の井戸へ引き寄せられて落ちていく。粒子チャージ不足で地上に激突するヘマはないだろうと俺は刹那を見捨て、数多の流星群に向きなおった。 『…どうし…た、セツ…』 『カタ…か?こた…ガッ…答…てくれ、ロッ…オ…なのか!』 俺の知らない男の声が呼びかけている。刹那のと合体しているオーライザーのパイロットだろうか。彼の呼びかけに気付いてないか、聞き流しているのか、刹那は落ちながらひしとダブルオーの腕を天へ突き出した。 『が…ってる…ティエ…ア・……デが、おま……をま…』 重力と空気の流れに焼かれ、真っ赤に染まる同僚の愛機を俺は横目に見守り「悪い」と呟いた。トリガーと利き目は休ませない。 「まだおまえらに、俺の存在を知られるわけにはいかない…」 煌びやかな銀の流星を撃ち壊していきながら、俺はあと幾月をティエリアへ我慢強いらせてしまうのかと、憂鬱になった。 |
- ||||―― サンプル / ノーザンクロス ――|||| - |