Forbidden love |
(『Suil A Run』本文サンプル) 痛みを覚え、ティエリア・アーデは絶望した。 ティエリアの呻きに、周囲がガボリと音を立てた。揺らめく。薄目に波間が見えた。 海の中に溺れた錯覚を抱いた瞬間、彼女はそこが地上の海でもなく、死者の川でもないことに気付いた。 視界の端に、機械のモニターに肩を預けて目を閉じているクルーを見つけたからだ。無精ひげのイアン。プトレマイオスの整備士。 ならば、ここは恐らく組織の医療デッキだ。 水の中にいる。何故か懐かしさを覚える薄い緑色の液体に満たされたカプセルにティエリアは横たわって…否、漂うように眠らされていたらしい。息苦しさはない。液体の中に高濃度の酸素が溶かしこまれているのだろう。 まるで子宮内の胎児のような環境だ。体を隠すものは何も無い。ティエリアは、女性の己が余さず裸体をイアンに曝け出していることを恥じなかった。それよりも、自身の組織構造守秘への義務感が上だ。 実働部隊の中でティエリアの特異性を承知している者はモレノ医師とナドレを整備するイアンの二人しかいない。 人並みの女のような羞恥心を覚えたのは、ただ一人だけにだった。その対象も、もはや無い。居ないのだ。 (ああ、僕は…貴方の元に行けなかった) 悪夢だ。生き残った喜びなど、感じようもない。 ティエリアに残されたものは、幾ばくもないのだ。 ヴェーダから見捨てられた。 敵の手には擬似太陽炉。ガンダムの優位性は損なわれ、プトレマイオスは撃沈した。 エクシアとキュリオスの軌跡は確認できないまま、意識が薄れる寸前にナドレからGNドライブを放出することしかできなかった。 ただ優しいだけの波間でなら、泣いても誰にも知られるまい。戦慄く唇に左手を寄せ……彼女は強張った。 左の…薬指に、あるべきものが無い。 銀の輝きを、見失っていた。 (指、…僕の、指輪…) 喪失の恐怖がティエリアを支配し、関節の激痛を凌駕した。ザバリと大波を立ち、四肢を捻る。強張った首筋の張りを物ともせず、見える限り室内を隅から隅まで見回した。 だが、目当ての物はどこにも見当たらない! (ロックオンがくれた、僕の指輪が!) 無いはずがない。普段はネックレスに通し、隠し持っていたそれを指にはめ、出撃したのだから。失うならば、薬指諸共だ。 連合軍との攻防戦で死を覚悟していた彼女は、ビーム兵器で撃沈されるならば、指輪ごと体が溶けてしまえばいいと思いつめ…。 (嫌だ嫌だ嫌だ、もう、これ以上失いたくないッ!) 泡立つ治療カプセルの縁に拳を振り上げる。一刻も早く出たい。出ていって、探したい。 「ティエリアッ!」 ぬっとカプセルに被さった人影に、ハッとする。彼女は我に返った。 「目覚めたんだな、ティエリア…よかった……」 彼女が立てた物音に目覚めたのか、安堵に顔を崩すイアンは酷く憔悴していた。己の特異性のせいで、守秘の為に看護の代役を立てられなかったのだろうか、今まで。 「待ってろ。今、培養液の水位を下げる」 培養液。 彼の言葉に、ティエリアは目を瞑った。 かなりの重傷を負ったせいで、細胞修復ナノマシンを多量投与したのだろう。否、修復ではなく、再構築だ。瞼が震える。ナドレの中で内臓を傷めたことは自覚していた。 瀕死の体はどれだけ分解され、どの程度組み立てられたのだろう。恋人に愛された体は…幾らか残っていれば…。 (こんな形で生きたく…なかった) 「しっかし、おまえさんのナノマシンは優秀だなあ。お肌つるつるだぞ。スメラギに八つ当たりされっぞ?」 その軽口は、ティエリアにとって皮肉すぎる、毒だ。 嬉々として彼女の頭側にある機器のスイッチに指を走らせるイアンに、震える喉を抑え「指輪は?」と尋ねた。 しかし、液体に満たされた彼女の声は届くはずもなかった。それでも、イアンは感づいたように深く頷いた。 「聞きたいことはいっぱいあるだろうが、水位を下げてからだ。意識が戻ったなら、そろそろ息苦しくなるからな」 彼の言葉どおりだ。 意識がはっきりする毎に、水に潜ったようなこの状態が息苦しくなる。おそらくは、ナノマシンの命令系統が治療器具からティエリア・アーデの意識下に譲渡されたせいだろう。 言うなれば、今の彼女はお産直後の赤子と同じだった。体が自発呼吸を促している。人間は、水中で生き続けることはできない。 水位が下がったカプセルの空洞に、顔を上げたティエリアは仲間の前に体を隠すこともなく、両手を差し出した。 『指輪……返して、返して…』 「指輪?」 訝しげに歪めた顔が後ろを向く。治療器具を置いたワゴンに彼の視線がいったことに気付き、ティエリアは再びカプセルを叩き始めた。 「ティエリア!やめろ、興奮するんじゃない!」 『だったら、返して!』 一分一秒でも引き離されたくない。あの人との絆を隔てるガラス板が忌々しかった、たとえ彼女の命を繋ぐ揺り篭と知っていても。 「わかってるだろう。おまえの治療カプセルにあれは持ち込めなかった」 『わかっているさ!いっそ取り込んでしまえばよかったんだ!』 「馬鹿を言うな!人間の細胞に不純物、ましてや金属イオンは猛毒だぞ!」 彼女は息を飲んだ。イアンは知っているのだ、この体がどういう風に作られているかを。 ならば、今ならば。 『イアン…それを返してくれ、今すぐに…今すぐにだ!』 「今度は、治療水槽を汚染させるつもりか?免疫機能が低下したおまえさんは、薬指に戻した半日後には敗血症で墓の下だぞ。落ち着けって」 『あの指輪から引き離される方が嫌だ!』 「勘違いするな。ロックオンが、あいつがおまえに渡したのはごく普通の指輪だ。特別じゃない。そんなものをカプセルに持ち込んで、無駄死にするんじゃない!」 『死んだ方がましだった!』 雑菌だらけのガラクタだろうが、ティエリアにとっては…甘美な自害の刃だ。 『あのひとが…触ったんだ。今の僕にはもう…、…あの指輪だけだ、あれだけがロックオンの指を、体を覚えているんだ…』 「ティエリア…」 虚ろなルビーがギョロリとイアンを見据えた。心神衰弱していながら、紅玉の目は他に威圧感を覚えさせる。 『計画の為に、僕は産み出された。だけど、体を作り直されてまで延命される謂れは僕にない。僕はヴェーダに見捨てられた。計画から外されたんだ』 「今度は卑屈か」 『そのようなつもりはない。僕はロックオンに諭されて、僕なりに計画達成の為に戦った。戦いきった結果が死ならば、僕は甘受する』 「この…死にたがりが……」 黒紫の髪が左右に揺れる。 『トレミーが沈み、僕の使命は潰えた。後は他にもいる。見捨てられたんだ、僕は。ならば、自由に考えさせてくれたっていいだろう』 ジャケットの下で鳥肌たつ背中を椅子の背で押さえ込みながら、イアンは震え出しそうな声を、わざと平坦にした。何の含みも持たせたくなかった。考えるのは、ティエリアの仕事だ。 「おまえの自由って、何なんだ…?」 『太陽炉を放したナドレの中で、僕はあのひとの元へ行けることを嬉しく感じていた。今は…もう、行けない』 考え疲れ、イアンは首を振った。 瑞々しい肢体の奥で彼女の精錬な心は末期癌に侵されたかのように、黒い死へと蝕まれている。折れた精神を立て直す唯一の支えになるだろうあの男が贈った指輪さえ、今は毒針なのだ。 「わかっちゃいるだろうが…、大切なのは、おまえが必要としているのは指輪じゃないんだぞ」 『ちがう、僕にはもうあれしか』 「あの中にロックオンはいないぞ、ティエリア」 『わかっている、…わかっているんだ!』 「…わかってないな。そんなおまえに返すものはない」 『あれは僕のものだ!貴方に言われる筋合いはない!』 「強情だな。物理が通じないなら、精神論で攻めてやるさ。ワシはモレノのような医者じゃないがな!」 『医者だろうが、誰だろうが、僕の尊厳を』 「あの指輪を渡した時に、あいつが言ったことをワシに言えたなら、返してやるさ!」 カプセルの向こうで、彼女の歯軋りが聞こえた。 『馬鹿にするな!一語一句、覚えている!彼は言ったんだ「死が二人を別つまで」を拒絶した僕に、「死が二人を地獄へ連れ去っても、愛し続けることを誓いますか」って!』 ティエリアの気迫に飲まれたか、一瞬目を丸くした彼は肩を震わせて、笑いを噛み殺した。 「あいつにしちゃ、熱烈だな。誓ったのか?」 『誓った。だから、その指輪がある!』 培養液を払いのけ、青白い指がイアンの背後のワゴンを親の仇のごとく突き刺す。 「死別は無しってか。とんだ焼きもち焼きな旦那をもったもんだな、ティエリア」 『イアン……?』 固く張った肩が降りていく。呆れたように唇を歪め、イアンがワゴンの方へ行く様にティエリアは驚いた。振り返った彼が摘んで持つ王冠型の指輪を確かめ、息を飲む。 「ロマンチックな結婚指輪だな」 『僕の…指輪、』 「そうだな。おまえとロックオンの約束の証だ。大切なことを思い出すための鍵。…パスワードみたいなもんだ」 『…イアン?』 「もっとも、記憶力のいいおまえには不要かもな」 茶目っ気たっぷりにウインクを返す男に、彼女は目を細めた。 「妻子もちのワシを信用してくれないか、ティエリア。おまえとロックオンの人生の先輩として言わせてもらうよ」 男の手から指輪は放れ、ティエリアが横たわるカプセルの上に置かれた。震えつも、白い指は下からそれを恭しくなぞる。 『僕の…ロックオンとの…』 「あいつが誓ったのは指輪じゃない。おまえにだ。ティエリア、おまえさんに愛を誓ったんだ。ちゃんと覚えているじゃないか、ティエリア」 『……』 「その体の表皮が変わったとしても、あいつがおまえの心に触れたことは変えられない事実だ。あいつが、おまえの命を守った事実が変わらないのと同じでな」 ビクリと指の動きが止まった。 「死別は許さないわ、地獄でも愛してくれるわ。なら、現世の今だって愛してくれてるんだろう?ロックオン・ストラトスという男は」 イアンと彼女が見合う。 「なら、あいつと離れてる今を怯える必要はないはずだ。あいつだって、おまえさんの寄り道を望んでいるさ」 年配の皮肉げな眼差しが真剣に案じていることを、ティエリアは今始めて悟った。ロックオンの死に動揺するあまり、敗戦のショックのあまりに、目が眩んでいた。 『ニール…』 「んあ?」 『彼は、ニール・ディランディというんだ』 「……そうか、イニシャル『N・D』だな」 フッと彼女の頬が緩んだ。柔らかな笑みに、イアンは頷いた。二人だけの秘密だった。 ニール・ディランディがソレスタルビーイングに入る前の、ガンダムデュナメスがまだ試作機名『シューティングスター』と呼ばれ、ティエリアがテストパイロットだった頃の、ヴェーダからマイスター候補を無理矢理イニシャルだけ聞き出したティエリアに、これまた無理矢理イアンが聞き出したのだ。エヌ・ディー。 『死なせない』 「……ティエリア、」 『僕が死ねば、あのひとの思いがこの世から失せてしまうというなら…』 そこまで悲壮に誓う必要はないだろうに。 『この指輪に誓う。僕は、僕を死なせない』 イアンは、頑なに歩もうとするティエリアの視界から外れ、眉を顰めた。 だが、間違った認識だろうと、生きる活力を蘇らせただけでもよしとしなければならない。喝を入れるのは、彼女も組織も立ち直ってからでも遅くないだろう。 だから、今はせめて。 「なあ、ティエリア」 『ん?』 決意に満ちた深紅が、一対の薔薇が花開こうとする。 「その指輪、落ちないようにテープで止めてやろうか?」 おどけるイアンに、ティエリアは微笑んだ。 『頼むよ。僕が剥がすまで』 * * * 「…と言うことがあってな」 ロックオンが戦死扱いとなった命日の話だ。 ともあれ、短い夜をニールの車で過ごし、イアンは子供のようにはしゃいだ。 トレミークルーの中で生き残ったメンバーを話し、刹那とアレルヤの不在を案じ、スメラギの離脱を打ち明け、ティエリアを軸に新しく組みあがるソレスタルビーイングの話をできるだけ、明るく語りかけた。 幸運な再会と酒気に興奮していたイアンは目が眩んでいた。ただ穏やかに聞き役に徹するニールの目が暗く歪むのを、夜の暗さと勘違いしていた。 夜明けと共に二人は別れた。 イアンは、宇宙へ。 ニールは、二人のマイスターを探しに。 その時に、イアンは彼からガンダムデュナメスの再換装を頼まれたのだ。いつか、取りにラグランジュ3のファクトリーへ行くから、それまでに機体を擬似太陽炉搭載型に変更してくれと。 その願いが何を語るか理解できなくて、何がソレスタルビーイングの総合整備士か。 理念に賛同しながら全てを敵に回す孤独を決めてしまうまでの道程を、イアンは彼から聞き出せなかった。おそらくできるのは、彼と対の指輪を持つ者だけだ。 しかし、それが彼の路へ茨を敷いた要因であることも、イアンには知れていた。 ニール・ディランディが捧げた愛は痛々しく、重い。 しかし、イアンは彼の知らないことを知っていた。 どんなに重くとも、今の彼女なら受け止められることをイアンは知っており、この男は知らないでいる。 アンダーの襟元から金のネックレスを取り出したニールの横で、扉のセンサーランプが赤く点滅するのをイアンは見逃さなかった。 「なあ、ロックオン。恋人に会う機会を捨てて後悔するなんざ、ろくでなしの感傷だぞ」 「人生で後悔しない事なんか、片手で乗るぐらいだ」 ニールは、ペンダントトップの指輪に軽く唇を当てた。 その姿に、イアンは好機だと内心指を鳴らした。 その時、格納庫の通路が開いたからだ。 「イアン、デュナメスのリペア設計に異論がある。どうして、あれに擬似太……」 苛立ちを高らかに靴音で示唆したMS格納庫への侵入者に、ニールの体が強張る。細身の制服が怒声を途切れさせ、深紅の薔薇が大輪に見開く。 運命の仕立て人は、眉を微かに上げただけだ。 「おお、ティエリア」 平然と手を挙げ挨拶掛けるイアンは、驚愕に凍りついたロマンスがどう劇的な感動の再会になるかとワクワクしていた。 「…動くな」 が。現実はシビアなものだ。 互いを厄介な侵入者と勘違いした恋人たちは、銃を向け合っていた。イアンからはニールの半身とティエリアの頭しか見えなかったのは、彼にとって幸いだったかもしれない。 「……よお、」 ニールは苦く笑って、銃身を下げた。 もっとも、動体視力が最愛のレッドローズを感知した瞬間、本能が銃口を僅かにずらし、彼の銃は真剣で言うならば『死に体』となっていたのだが。 それでも、愛しさが胸にこみ上げるよりも早く、マイスター訓練の成果が体を突き動かしたことは、男の良心をちくちくと苛ます。 「黙れ。両手を挙げなくともいい。動けば、撃つ。…イアン、その不審者から離れろ」 「おいおい、おまえ」 「黙っていろ、イアン。すぐにその男から離れて」 一方で、ティエリアは険しい顔つきのまま、銃を構える両手をピクリとも動かさない。 彼女の視線に、思慕や動揺は見受けられない。ニールの背後でおたおたする中年の整備士にすら目を向けず、ただ眼前の不審者を冷静に観察している。 (当然だろう。あいつにとっちゃ、俺は過去の男だ) 死人扱いされて、二年だ。ティエリアの反応が正しいと理性は告げ、恋情は薄情者と無実の彼女を糾弾する。 「何者だ。彼に擬態して、うまく潜入したつもりで…」 床に根を生やしたような四肢をジロジロを見やる彼女の警戒心が、ふとニールの首元に近づく。瞬時に悟った深紅の双眸が畏怖のヴェールを被り、ニールの顔を見上げた。 「その指輪…」 黙れと警戒されているので、ただ男は力なく微笑み返すだけだ。しかし、意味を取り違えたか、ティエリアの唇が嫌悪に震え、怒声が轟く。 「どこで手に入れた?!」 「勘違いすんな。俺が買ったんだよ。これも…それも」 指輪のことまで勘違いされて、流石の彼もうんざりとした。顎をしゃくり、緑青の利き目が手袋に覆われた彼女の左手を示す。 「誓いの言葉を再現すりゃ、俺を思い出してくれるか?」 「…イアンか」 鋭い視線がニールから逸れ、中年の男へと向く。突然の注目にイアンは飛び上がって、「感動のキスとやらはどこへ行ったんだ!」と愁嘆の声を張り上げた。 「おまえ、どこまでおやっさんにバラしたんだよ…」 「貴様が彼を脅して得た情報より少なければいいさ」 偶然にも、ニールとイアンは同時に溜息を零した。 「頑固にも程があるぞ、ティエリア!」 我慢の限界を超えたか、ニールの肩を押しのけてイアンはティエリアの元へ詰め寄った。まだ銃で警戒されているニールは、駆け寄るなり彼女の背に庇われたイアンを悔しげに見送るしかない。 手にしていた銃は、強制される前に、とっくに床へ捨てたというのに、彼女の石頭は気付かない。 「地獄へ行っても愛してるって言ったろ。忘れたかい?」 「右目は?」 (くそったれ!) 冷徹な紅玉に、ニールは頭で罵った。 「治した。もう何年経っていると思ってんだ!」 「ドクターは完治しないと」 「ドクターモレノは、時間が掛かると言っただけだ。あの時、大人しくカプセルで寝てる状況じゃなかったのは、おまえも分かってくれていると思っていたよ、俺は」 どれもこれも、ティエリアの心に届かない。近寄って、抱きしめて、キスの一つでもかませば誤解は解けるはずだと愚かな男の欲望が鎌首擡げる。 恋人に会わないと決めた悲壮な覚悟なぞ、冷静さを失ったニールから消滅してしまっていた。 ただ、ティエリアをこの手にしたい。 己の鼻面を的にする銃口を見据え、惚れたまんまなら少しはこの顔に動揺してみせろよと、ニールは目を細めた。 「『いつまでそうしているつもりだ』」 「…な、…ん、」 おや、と緑青の目が彼女の動揺を捉えた。ほんの数ミリだが銃口がブレた瞬間をスナイパーは見逃さなかった。 (覚えてくれてるんだな、おまえ…) 固い表情のままで彼女を見守りながら、内心ホッとしていた。ティエリアの記憶力だけが、今のニールの味方で、唯一の頼りだ。 「『いつものように不遜な感じでいろよ』と言ったが、仲間に銃向けるようなお転婆に育てた覚えはないぜ?」 「…ロック…」 「おいおい、茶化してる場合か、ロックオンッ?!」 イアンの焦りにも動じない。ニールの心は焦燥が失せ、彼女を温かく見守る余裕が生まれ始めていた。 「ハロに伝言頼んだの、聞いてなかったか…?」 「嘘つき…『心配するな』と…」 「生きて帰ってきたじゃないか?」 おどけたように両手を広げる。彼女を抱きしめるまでの一秒の間も惜しかった。 ガタガタと照準を狂わせはじめた銃の痙攣を目で追い、ニールはこれでチェックメイトだと満面の笑みを浮かべ、胸板をくすぐる指輪をつまんだ。 トレミーの展望室で二人きりで交わした言葉を、彼女は覚えていた。 なら、これも覚えているに違いない。 「大事にしたいんだ。…俺に、しろよ」 触れられない彼女の唇の代わりに、ニールは己の指輪へ愛しげに口付けた。ティエリアを見つめながら、だ。 |
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- ||||―― サンプル / ラストメロディー ――|||| - |