Forbidden love |
(『始まりの謳を聴け』本文 P7〜14までの1章まるごと公開) ヤニで淀んだカレンダー、赤い印を付けた『二十五』に指を当てる。 自分で自分をどうすることもできない、無力な少年の姿をニールは思い出した。五年前のことだ。今の彼は冴えた眼をし、大人の仮面を被り、テレビの向こう側にいる。 (引き金を引いたのは、俺だ…) あの時、少年があまりに憐れで、自分は何も与えてやることができなかった。ただ…… 1 (ロックオン・ストラトス) 玄関のベルが鳴った。 読んでいたSF小説を放り投げ、玄関へ向かうとドアの外からヒステリックな女の声が聞こえてきた。 面倒な客か、と肩を竦めた。用心のため、すぐ側の壁にかかった拳銃の弾倉を確かめてから覗き窓を伺うと、ドアの前に黒のボディスーツに身を包んだサングラスの女が立っていた。それと並ぶように、男の肩も見えた。 男のスーツの模様、その千鳥格子に見覚えがある。 「……リイガ…警部?」 イエス、と慌てた声がドア越しに聞こえ、「早く開けてくれよ、ロックオン!」と声が続く。彼は銃にかけていた右手を外し、ドアノブを握った。 その目で見て、やはりそうだとロックオンは思った。リイガの着ているそれは、以前彼に『仕事の借り』で買わされたものだった。懐が寂しくなるほどの金額だったなと思い返しただけで、口の中の唾が苦くなる。 「やあ、元気だったか?ロックオン・ストラトス。ところで、俺は今、警視正なんだがな!」 そう誇らしげに胸をはり、白い歯をニッと見せる。彼の歯の、人工的な白がロックオンは大嫌いだった。 リイガは他人に禁煙権を振り回すくせに、歯肉はヤニ臭い。言動と行動が矛盾した男だ。馴染みの警官のなかでも、うさん臭い部類の人間として記憶の中にファイルしている。 「君に、いい仕事を持ってきてやったよ」 「どうせ、ろくでもないんだろ?」 鼻を鳴らして答え、興味はリイガのスーツから後ろに立つ美女に映った。目を細め、値踏みするように彼女を見下げる。 サングラスで目が見えないから、七十八点が最高だ。 「貴方が、ロックオン・ストラトス?」 五十九点。 作法にうるさい性格ではないが、敬称付けのない会話はどうもいただけない。 「…イエス、お嬢さん」 彼は目尻の皺を歪ませて、壮年の男がよく使う笑顔を見せた。社会の表と裏を見飽きた人間が保身のために使う、中立な愛想笑い。 「…失礼、ミスター」 彼の嫌味が通じたか、彼女が意味ありげな台詞を言う。そして、サングラスを外して彼へ微笑んだ。瞳が、ブラウン系独特の色をしていた。どう表現していいのか、アイスコーヒーの氷が溶けて薄くなった色のようだとしか彼は思い浮かばなかった。 (日に反射すると金色に見えそうだ) 目、鼻、唇、そしてスタイルと全ての容姿を晒されて、改めてリイガが連れてきた女性が、美人だと認識する。 そして美しいだけでなく、言葉の端々に勘の鋭さをちらりと見せる。知性的な美人だと彼は考えた。 (でも…?) この女性が、さっきまでヒステリックな声を上げていたのか。ロックオンが肩を竦めるほどの。 「…どうやら、気にいったようじゃないか」 にやにやした顔でリイガが割り込んできた。彼女に前を譲り、ロックオンにはこっそり耳打ちする。 「…HELLが狙っているんだ」 『H』の音が聞こえた瞬間に、ロックオンはリイガに顔を向けた。驚きに見開いた目で、リイガと彼女を何度も見直す。 「……ど、して…」 乾いた声で呟く彼を、美女は不審げに見る。「果たして、こいつに命を預けて大丈夫だろうか」と、弾倉を確かめた時の彼よりも用心深そうに、見つめ返してくる。 しかし、彼の呟く声が弱々しく聞こえようが、実際彼は周囲に目を走らせて、不審な人物、車がないか確かめている。その脳では、迂闊な自分を何度も罵倒していた。誰が来ようが来まいが、ロックオン・ストラトスの戸口に立っている以上、八割の訪問者は殺し屋か依頼人、二割がその他だ。 そのどれに当たろうが、いったん外に出た以上は、まず周囲の気を探ることが第一なはず。そうでなければ、彼は間違いなく殺されている。 彼に。そう、彼が今、この場にいたならば。 (いるわけ、ない…) 苦く笑い、ロックオンはマイナス思考を中断させた。自我を視線に戻して、戸口の二人を交互に見る。リイガと目を合わせると、彼は顎をしゃくり、何もない後方を示す。訝しげに伺うと、向かいの歩道に青のセドリックが停まってる。何度も見たことがある、リイガの愛車だ。警察で登録していない、プライベート用。いうなれば、彼は仕事で来ているつもりではないらしい。 「依頼主はあの中だ。…かなり興奮してるんで、あん中で休んでもらっている」 なるほど、とロックオンは、隣の美女を一瞥した。この落ち着きはらった態度の女性は、どうやら依頼主の保護者的立場か、エージェントらしい。 コーヒーのうわずみめいた目が、ロックオンを刺すように見た。彼がそうしたように、彼女も値踏みをしていた。 「ルー・スチュワート、AGF事務所に勤めています」 名のったのは、ロックオンに合格点を言い渡したつもりなのだろうか。 「貴方に依頼したいのは……」 ダン、と大きな音が声を遮った。ロックオンが樫のドアを叩いて、口を開いた。 「ストップ、だ」 突然の拒絶に驚くミス・ルーの背後で、リイガが舌打ちする音が聞こえた。彼の掌で遊ばされる気はさらさらない。どうして、とワイン色の唇が無声映画の女優のように動いた。 「この時期は、客をとらないようにしている」 だから依頼主の名を聞く必要も、喋る必要もないと言外で匂わす。 「残念だ、お嬢さん」 「な…ッ、」 醒めた目のままニッと口元だけで笑むと、ミス・ルーは、形の良い唇を惜しげもなく噛み締めた。 面白くなってロックオンが「なっ、」と首を曲げ、傍らのリイガに同意を求めると、ミス・ルーはすばやく振り返り、凄い形相で彼を睨みつける。妙な方向にお鉢が回って堪らないのは、リイガとまだ見ぬ依頼主だ。 「美女の依頼を破棄するのは俺の主義に反するが…先客がありましてね。申し訳ないな」 後ろ手にドアノブを握る。リイガが真っ赤な顔で睨んでくるが、素知らぬふりで振り返りざますばやく閉め出そうとロックオンは計った。 「話だけでも……!」 ミス・ルーが縋りつくまなざしに、男の悲しい本能がぐらつきそうになる。しかし、ロックオンはグッと堪え、ドアを締める勢いで本能を内へと押し込めた。 「アニス・フォーチュンだッ!歌手の彼女があいつに狙われてるんだぞ!おい、聞いてるかッ!」 外では、リイガががなり声を立て怒鳴っている。 ロックオンは、大きな背をドアに打ち付けると、外のおせっかいに向けて溜め息をついた。思い出したように、壁の拳銃に安全装置を掛け直す。金属のヒヤリとした感覚に、さっきの美女を思い出す。色々な表情を見せたが、終始その目は冷やかな色をしていた…。 (どこか似ている…) けれど、その思考は彼女とその『どこか似ている』相手を侮辱するものだ。頭を振って、忘れようとした。 * * * 汚れきった空を、雨を予感させる重暗い雲が覆っている。 早朝ということもあり、辺りは霧がかかり、十メートル手前でも視界が途切れてしまう。護衛人には、やっかいな天気だった。こんな日は、家に篭るがいいに限る。 しかし、ロックオンは日課だからとごねた少年に付き合わされ、ホテルからほど近いセントラルパークをジョギングしていた。 走るペースを乱さず、隣を走る少年をチラリと見やる。頭一つ半低い彼の、紫紺の髪が跳ねる度に汗の臭いがした。 知り合いの親戚筋とはいえ、過保護のボンボンの出鼻を挫きたくてわざとオーバーペースで走っていたのだが、なかなかどうして、少年は息を切らせながらも、しっかりと大人のロックオンの背に張り付いている。 ロックオンは、ニヤリと笑った。この負けず嫌いガキは、ゆくゆく凄いレーサーになるに違いない。 …自分より八つも歳下の少年は、今週末開催のレースに参戦するためにアメリカへ訪れた。 護衛を請け負った時に聞いた話によれば、彼は、情報産業界では第一線を走る企業の御曹司らしい。 しかし、まだ幼い身は周囲に始終危険が溢れていたはずなのだが、どういう育てられ方をされたのか、彼本人は緊張感や身の危険というものに些か愚鈍な感じがした。 少し世間知らずの気配もする少年相手の、重い仕事と当初はうんざりしていたが、来訪初日は別段狙われるような危機もなく、不審な視線も感じないでいた。 過保護な親類が差し向けた案外お手軽な依頼だったかと、ロックオンは彼の動向に気を緩みかけていた。 だが、その印象は、護衛二日目にして打破された。 チームからの呼び出しが本物か偽物か、ロックオンが手持ちの情報端末で確かめている最中に彼は、ホテルのロビーから誘拐されかけたのだ。電話は嘘だった。すぐに彼を取り戻したが、ほんの五メートルばかり離れていた油断なだけに、二人のショックは酷かった。 『もう少し緊張感を持て!』 本気で怒鳴った。ロックオンの腕に全身を抱かれ、少年はしっかりと彼の服の裾を掴んでいた。手はカタカタと震え、頬は青褪めていた。 『…他人に声をかけられたら、少しは疑えよ!』 苛立ちまぎれに怒鳴った言葉にビクリと反応して、彼が振り仰いだ。強張った表情でロックオンを見つめ、唇を動かした。謝罪はいらないと打ち切ろうとしたが、そうではなかった。 『僕は…ど、どうすればいい?どうすれば…』 助かるのか…と続くと思った予想は、手酷く外れた。 『どうすれば無事にレースに出られる?この一戦は、絶対に抜けられないんだ!』 なんて、レース馬鹿。ロックオンは心中で笑ってしまった。この子は御曹司でなく、一人のレーサーとしての自意識しか持っていなかった。 (なら、仕方ないな) かつて自分がそうだったように、高速の世界で走る男が日常生活で命を狙われているからと緊張感が持てるだろうか。命知らずは、「命が惜しい」と語るだろうか。 『わかった。必ず俺が、おまえをベストの状態でサーキットまで送っていってやる…ただし、俺を裏切ったら…その場で殺すぞ』 最後の言葉を低く脅すように言えば、紅い眼差しを震わせながらも頷いて認めた。 『…!…なら、いい。もういい』 歳相応に紅潮した頬を、それ以上に鮮やかに輝くリトルローズの双眸に魅入られる。男相手に「可愛い」と評しそうになって、慌ててロックオンは軽く咳をした。 * * * (だが) そう口にしたところで、ふと目が覚め、自分が夢を見ていたことを実感した。汗ばんだシャツが気持ち悪い。だるそうにソファから身を起こして、ロックオンは先ほどの夢を思い返した。 「ヤな夢だ…」 五年前の話だ。この時期になると、見る回数が極端に増える。首を振って、悪夢を追い出そうとしたロックオンはテーブルに置かれた飲みかけのコーヒーに目を捕られ、昨日追い払った美女の瞳を思い出した。 身を切るような頼りを断ることは礼儀に反していたが、先客があるので仕方がない。 「同じ時に二人のガードをするなんざ、命がいくつあったって、できる芸当じゃない」 例年の契約どおりだと、ロックオンは一人の男を警護することになっていた。 自然と、目がカレンダーを探す。 彼がやって来る日は、迫っていた。男の表情が崩れる。三十を前に、男くさい精悍な顔だちが緩み、鋭さが欠けて垂れた眼差しが、今はいない人を追う。 去年よりも奇麗になっているだろう、彼。肩にかかる一房長い髪は、一年でどこまで伸びただろうか。 「来い…ティエリア」 その名を口にしただけで心が浮きたつと同時に、針が心臓に刺さり、握り潰される胃の痛みが体中に走る。堪らずロックオンはしかめっ面をしたが、しかし、それが泣きそうな目と吊り上がった唇の笑みのアンバランスなものだったことを、彼は気付けない。 ソファから足を降ろすと、心地好い床の冷たさが足裏から膝までかけ登ってくる。冷めたコーヒーを啜り、舌に乗った不味さで、ロックオンは完全に目を醒ました。 モニターのスイッチを入れると、画面に『Cシステム・スタンバイ』の文字と、ブロンド美女の姿が映る。 [モーニン、ロックオン。電子メールが二通きてよ] スピーカーから、快活な女性の声が届く。 「中身を開けてみろ、グレタ」 [依頼と苦情] 「苦情?」 なんだそりゃ。一人ゴチて、湿ったシャツを脱ぎ捨てる。現れた白くスレンダーな腹に、実践向きの筋肉が歪みなく浮き出ている。兵役中に鍛え上げた体型に、モニターの中のグレタが羨望のまなざしを向ける。Cピープルの彼女の目は、監視カメラと赤外線アイが務めていた。 [苦情はリイガ氏から…と、依頼の件はAGF事務所からA・フォーチュン護衛の依頼ね] こんな時期だから断ろうか、と言葉を添える彼女に手を振り「やれ」と答える。 その時。モニター画面に『国際コール到着』とGERMANの文字が映った。 [……ロックオン、] 緊張が走る。 彼女が引き止めるのを無視し、ロックオンは画面の『Y(受信)』と『N(メールにして保存)』の記号から迷った末に『Y』を選んだ。 [ロックオン…ッ!] 不安な声をあげたグレタが消え、『画像転送中』の青いスクリーンに画面が変わる。一瞬彼は怯んだが、『画像転送せず』の文字に切り替わって、ホッと胸を撫で降ろす。遠方同士、互いの顔色を伺いながら話をするのは苦手だった。 『…ニール、』 スピーカーから懐かしい声が聞こえてき、ロックオンは胸が締め付けられる思いを抱いた。返事すらできない。 『ゲームも今年で終りだ、ニール・ディランディ。今度こそ、貴方を殺してやる…』 低めの艶のある声音だ。もとから返事を期待していたわけではないようで、一方的に彼は喋っていく。 『最後のゲームに相応しい、獲物を用意しておいた。『運命』と名が付いた、奇麗な声で鳴く鳥だ』 「フォーチュン(運命)…アニス・フォーチュンか?」 とっさに返事をしてしまった。罠に引っ掛かったとばかりに楽しげな笑い声が、スピーカーから届く。 『俺はこの鳥を狩る。貴様はこの俺を殺さん限り、この鳥を守れない』 去年のようにな、と付け足す言葉が憎い。 コールは、一方的に切れてしまった。 画面に再び、グレタが登場する。二人のやりとりを一部始終聞いていただろう、彼女が気遣わしげに電子メールを映し出す。ロックオンが断った依頼の件が四分の一の小画面に白い文字で表示される。 「グレタ…」 それを見つめながら、ロックオンの脳細胞が働き始めた。 「警察のホストコンピュータにアクセスしろ…A・フォーチュン自身か、事務所でもいい、脅迫事件がなかったか調べてくれ」 [アクセスコードは?] 「リイガのを使え」 OKと伝えるなり、グレタは再び消えた。彼女が映っていたモニターは本来の機能を取り戻し、意味もなくフットボールの試合が映し出される。テレビを消さないまま、ロックオンは床に落ちたままのシャツを拾うと、バスルームへ向かった。彼女…グレタの調査が終わるまでは、彼がすることは何もない。 ぼんやりとシャワーを浴びながら、さきほどのやりとりを思い出す。どうしてこうなったんだろうと一人ごちて、原因が自分にあることを思い返し、摂氏四十五度の飛沫を受けながらロックオンは苦い顔をした。 湯水流れる肩や背中、彼の体には無数の古傷があった。兵役中に受けた傷もあるが、大部分が彼との駆け引きでつくられたものだ。なかでも、右上腕から肘にかけて長い刺傷の跡が肌に淡いピンク色の線として残っている。 「…あ?」 モニターから女の金切り声が聞こえると思ったら、歌だ。CM直前に、アナウンサーらしき男の声が『アニス・フォーチュン、ソロコンサート二十三日開演』と謳い文句を挙げていた。 「これがA・フォーチュンね」 なるほどヒステリー女だな。喉をクックと震わせながら、彼はシャワーのコックを閉めた。いくら音楽に疎くとも、トップアーティストの名前ぐらいは耳に入れている。 バスルームから出ると、グレタは既に戻っていた。 『C・ピープル汎用型システムネーム・グレタ』…シュヘンベルグ社作成の脳神経ネットワークをモデルに、バイオチップから生まれた疑似生命プログラム。 それが、彼女の正体だ。 一度電化製品に組み込むと、そのプログラムはチップから機械に乗り移り制御系を支配し、回線を通じ己の移送ができる。あらゆる機械に対応できうる互換性を持つため、当初はセキュリティシステムの形で活躍していたが、持ち味の互換性そのものが社会から危険視され、一年前に製造中止となった。 敵に回せば末恐ろしい、人工知能だ。 「早かったな」 [本庁のホストに絡まなくても、リイガ氏がデータを持ってたの。あいつ、何気に便利ね] ロックオンの秘書は、一年前、彼に殺されていた。それからグレタを秘書代わりにして、丸一年。彼女は有能な情報屋にも成長した。 青い画面に次々と表示されるデータに、ロックオンは渋面を見せた。 「あいつ以外には脅迫されたことなし。麻薬も賭博もしたことなく、逮捕歴ゼロ。…立派な経歴だ」 [チャラチャラしてそうなのに、意外とマジメよねー] 「…ネットのガセに流されてるぞ、おまえ」 [それじゃ、手堅いプロフィールからお披露目ね。アニス・フォーチュン。本名『アニス・インフィニティ』。『VSOP』というロックグループで、メジャーデビュー。音楽配信サイト巡ったけれど、結構、配信数高かったわよ] 二十を過ぎたばかりの彼女の写真画像の上に、アルバムセールスのリストが載せられる。 [ところが、バンドは半年前に突如解散。所属事務所が変わった彼女だけが、業界に残ったみたい] 「その時に揉め事は起こってないのか?ドル箱が去るってのに、手を振るお人好しはいないだろう?もう一度洗い直してくれ」 [オーライ] しかし、「いやその前に」と彼は言い直した。 「…その前に、彼女と交渉してくれ。気が変わった」 [合点承知。…で、彼女といつお見合いする?] 「早いほうがいいが、時間は午後に限定してくれ」 [分かったわ。その後で彼女を調べてみる…三日三晩は留守するけれど…ロックオン、浮気しないでね?] 馬鹿かと漏らすと、グレタはふざけ笑った顔のまま画面からフェードアウトした。再びフットボールの試合が映し出る。NYレッドが逆転して、優勢になっていた。ロックオンはテレビを消し、晩飯の用意を始めた。 薄い窓ガラスから隣家の喧騒が聞こえる。怒鳴り声に混じって聞こえるメロディ…悲しみを覚悟するような習慣は消えてしまった…と歌う懐かしいあれは、誰の歌だったか。 もう遊びではすまされないところまで行き着いている。 悲しみを覚悟するような習慣は消えてしまった。 彼を詩人の言葉で表すなら、たとえば戦慄の華人。孤高の人とでも言おうか。 ミルクのように白く百合の香りを放つ肌を持ち、その瞳は誰をも寄せ付けない気高さで輝き、血よりも赤い唇で言葉の凶器を振りかざす。 だが、艶やかな美貌の前に、平凡な人々は避けるどころか、感嘆の声を揚げてすい寄せられる。 一生涯のなかで、人は数多くの仮面を作る。 それは、その場凌ぎの嘘を言う面であったり、偽善の面であったり…。彼は冷酷の仮面を被り、無慈悲に、冷酷に、牧師も政治家も浮浪者も構わずに死の刃を立てる。 天からの第六の使者。殺戮と懲罰の天使。 人の血を浴びる毎に肌はほの白く発光し、冷めた瞳がきまぐれに運命の糸を『こいつは殺そうか』と吟味する。 人を殺す腕を上げるために、彼は人を殺す。 ただ一人への復讐のために。 悲しみを覚悟するような習慣は、とうに消えてしまった。 |
以下は、R18部分の一部サンプルです。 18歳以下の方は読まないでください。 R18部分は、話の展開上「甘くない描写(=無理矢理いたす)」が入ってます。「あははこいつぅ〜v」な糖度はないですが、ロク→←ティエのような具合で、『始まり〜』は愛がないわけでないシリアス展開です。 地雷と許容に個人差がありますので、下記を読んで(18歳以上)、OKならお求めください。 |
---|
ロックオンは無造作に髪を掴んで、顔を近付ける。紫紺の隙間から、眉を寄せ睨み上げるティエリアがいた。 「てめぇは、狂ってる」 「だっ、たら…ッ、きさ…ま…は、…して狂わ、な…ッ」 「…十分狂ってるさ」 キッド、と耳元に囁く。 「ただ、そこいらのガキと違ってな、正気に見せかける術を知ってるだけだ」 「あ………」 グチャリ、指で肛内を掻き混ぜる。指の節が膜壁へ擦りついて、ティエリアをはしたなく喘がかせる。 「くぅ…ッ、……や…ああ………」 「おまえの中で、俺は狂うのさ」 ロックオンが指を無造作に引き抜いた。名残惜しげに彼の指を引きとめ、纏わりつこうと肉襞が縮む。その刺激にさえ腰が震え、中がじわりと湿った。 「ん、あ…あ、」 持ち上げた指にじっとり付いてる白濁の粘液をぼんやりとティエリアは放心して見つめた。誰が吐き出したものだろう、汚いなと胸で感じた頃、背に回された硬い腕が滑り、ティエリアは支えを失って床にぺたりと座り込んだ。赤くぬめった尻が冷たい床に触れる。 「……あッ、」 床に触れた瞬間、ティエリアの体が反った。あまりの冷たさにアヌスがキュッと窄まった、その感触に赤面する。食欲を感じると口から唾が出るように、下からも唾液のような滲み汁が出るのを悟り、己が何を感じたのかそら恐ろしくなった。既にずっと前から、充血する股の間の猛りには、目を向けられないでいる。 「ひぁ…」 それは欲望では決してない。彼を欲しいと思わない。これは、生物の本能だ。理性があるならば、背筋を這い上がる快感の本流に身を任せるわけにはいかない。 (犯されているんだ) 瞼を固く閉じて、頭に何回も連呼する。ティエリアは唇を噛み締め無様な喘ぎを耐えると、ふいに肌を触れる感触が消えた。不審さに薄目で見やると、何故か男が遠ざかっていた。 (なんだ…?) 何をするのかその後ろ姿を見守ると、視線を気取ったか振り返る緑青の目とかち合い、びくりとティエリアの体が竦んだ。猛々しいまま厭らしげに笑む緑青の目は、ティエリアを高温の炎に炙ったかのように、全身から汗を噴出させた。 立ち上がったロックオンの背後に、液晶モニターが見えた。灰色のスクリーンがちらちらと光っている。瞬時に、彼は何か起きるか悟った。太股がビクリと痙攣し、ロックオンはいやらしげに笑んだ。 「や、……いや……」 まず、『音』が聞こえた。 「嫌だーッ!」 沸き起こる恐怖に必死でロックオンめがけて腕を伸ばした。リモコンに指がかかったところを、腕ごと抱き込まれ、しまったと体勢を立て直す前に体を引き摺られ、モニターの真正面に転がされる。 憎悪の象徴が、映る。 「……馬鹿力だねえ、」 呆れたように呟く口を耳元に寄せ、中を舐め弄られた。ぴちゃり。耳の中に唾液が、粘つく音が、覚えある絶叫、ぴちゃり、心臓の激しい鼓動が、入る。 色を失っていくティリアの頬を弄り、唯一しかりと色を残すレッドローズの双眸をロックオンは眦から舐め上げた。 「ちゃんと見ろよ。色々勉強になるだろ、お坊ちゃんは俗物に疎いからな。………ほら、」 「う…」 彼の手を打ち払い、耳への不快な感触には、目を閉じた。 しかし、すぐさま顎を掴まれ、憎悪の前に体を引き摺り出される。強張る顔を宥めるように、背骨を撫で擦る掌は淫靡な熱をわざと孕ませる。 「見るんだ、」 目は開けない。開けられない。暗い世界の中、息絶え絶えにうねる皮膚のざわめきと、紙一重の痛覚と快楽を感じる、そして、第三の『声』。 |
|
- ||||―― サンプル / 始まりの謳を聴け ――|||| - |