Forbidden love |
(『いつか、楽園で会いましょう』 本文サンプル) 気付いてやればよかったな、と、あの日ジャングルで銃をつきつけてまで暴いた刹那の過去の、更なる過去の傷を思った。 誰しも、人に殺意を持って生まれおちるわけじゃなく、環境が武器を取らせるのだと、十四まで平和ボケしてた俺自身が知っていただろうに。 けれど、俺は怒りと混乱と悲しみにぐちゃぐちゃでいて、あの時、仲裁のように静観していたティエリアの沈黙がなければ、弟分のあいつといた時間を裏切られたと逆上して、引き金を引いてたに違いない。 あの時、俺が刹那へ向けた怒りの矛先、そして銃口への言い訳として語った古傷は、あいつへ手向けた恨み言と同時に、……まっさらなティエリアに醜い部分を露呈させた羞恥心の悪あがきだった。 呆れて、マイスターに相応しくないと詰め寄られ、去られてしまう畏怖もあった。 だが、…それも人間の一面だと……あっさり受け止め、ティエリアは俺の傍に戻った。何事もなく、トリニティとやりあう前と変わらないように…いや、少しだけ、俺に優しくなった。柔らかく、自分の内側を晒すようになった。 けれど、ティエリアの態度は同情とか、憐れみなどなく、普段どおりで。いつものように、そっけなく、それでも甘えるように、包むように、立っていたんだ。話していた。話し合っていた。目を合わし、体を沿わせあった。 それが、どれほど俺を救ったか、あいつは知らない。 刹那は、知らないんだ。 捨てようとも、目を背けようとも、あれは空気のように、俺達人間を生かす。どんなに荒んでいようと、そこに土があれば根ざす花のように。 刹那、おまえは知らない。まだ気付いてないんだ。 だから、生きろ。 刹那、花の匂いは知らず鼻に届くだろう? その色は、お前の目に鮮やかに映るだろう? なあ。見えるものは見えちまうんだ。見る資格ってのはどこにもない。だって、見えちまうんだもんな。きれいなものも、きたないものも。 なあ、刹那。 資格がないなんて思うな。 確かに、おまえはおまえのルーツを消したよ。殺したよ。それは過ちだ。 俺も誤まった。 手袋で、指に血と煙を付かせないようにしてたけれど、俺の手だって血塗れだ。たくさんの悪人を殺し、そいつに向かう憎しみを晴らして、そいつに注がれた愛情さえも踏みにじった。 なあ、刹那。 そんな俺の手で、ティエリアを抱くのは 罪か? 目を背けても、気付かなくても、芽吹くんだ。 だって、俺たちは、そうして生きてきた。 何千年も、何万年も、幾億年も、人の形をしてない頃から今の今までずっと、俺たちは胸に芽吹くもんを育てて、形にして、子供という形にして、俺たちの胸から巣立てさせていった。 * * * 「…なんか言ってあげないんすか?」 闇から翻し、嬉しげに駆けていく幼い背中を見送る俺らの輪の内側から、おせっかいな声が上がる。 誰が、誰に、誰へ、 何を。 そんなことは、器を失う以前から悟れていた。それなりに機微には鋭いつもりだった。…それでも、俺は明るい青年の半分が機械だったと気付けてやれなかった。 目に見える軽薄さに、人に近づきたくとも近づけないヤマアラシのジレンマがあるなど、…俺は知らなかった。 今なら光あるあの世界に届くと、俺たちは知っている。 けれど、それは…それには…俺達には… 「いいんだ」 俺とよく似た悲しい過去を持ち、苦しみながらそれでも血に手を染めずに、俺とは違う道のりで世界の敵ソレスタルビーイングへ入ってしまった青年。その傍らで、これも組織に似つかわしくない女性が困ったように眉を下げている。その手が、青年の服を背中からギュッと握っているのが上から見えて…空っぽの胸がほんのりと熱を持つ。 ああ、…は、いつだって傍にいる。こんな暗闇でも。 俺が、俺たちがヒトである限り。 だから、ティエリア… 「俺が心配しても、あいつは茨を裸足で走るのをやめないだろうから」 俺は、その先で腕を広げてるさ。 「…気が長いことね」 「クリス、言い過ぎ!」 呆れたようにクリスが零す。それを困ったような笑みでリヒティが俺へフォローをかける。 「いいんだよ。ティエリアは死んだんだから」 「ロッ…!」 「……死んじまったんだから、もう心配するこたぁないんだ。…あいつは、いずれ俺んとこに戻るから、だから今はイノベイドの使命とか、計画とかにあいつがズルズル巻き込まれてるのを見守ってるさ」 「……」 「…まあ、…まさかの自爆なんざやっちまった以上、お尻百叩きぐらいの仕置きは覚悟してもらわねえと、こっちの心臓が持ちゃしねえぞ」 「プッ…」 「ロックオンらしいお仕置きッスね」 「ティエリアかわいそー」 「いいの。…あいつは俺んのだから」 ほらほら帰るぞー、と二人の肩を叩いて、一人お先に光の出口から踵を返す。 |
(『SUMMER GIFT』 本文サンプル) 「起きたか、ロックオン」 「おおお、刹那。…俺ぁ、起きてるのかよ。夢じゃねえの」 「『夢じゃねえな』とあそこの奴ならば、言うだろう」 文字通り華やかな景色の前方スクリーンを拡大して、刹那が指差した先へ首を向けた彼は…顎を外しかけた。 「なんちゅうシュールな……」 可憐な花に囲まれ、地に伏す濃緑のモビルスーツに胡坐かく釣り師ルックの男がいた。「抱きしめたいな、眠り姫!」等と叫ぶ変態エースパイロットが垂涎しそうな光景だ。 ミレイナなら「テラシュールですぅ」とか言いそうだと脳の逃避行動を慌てて抑え、ハッチを開けて外へ飛び出そうとする刹那の肩を掴んだ。 「おい、んな簡単に外出て大丈夫か?!ここって、つまり…」 「………随分前に『あの世が見えた』と打ち明けたが?」 「マジもんですかい!普通、弱音の喩えとか思うだろ!」 俺、銀幕デビュー前におっ死んだのかよ…等と項垂れるライルの肩に手をかけ、「安心しろ」と彼は力強く頷いた。 「あそこに見える河を渡らなければ、ギリセーフ。あんたを俺のクアンタに乗せるのは、これが最初で最後だしな」 「寧ろ、誰も乗せたくねえってことだろうが…」 「御託はいい、早く準備しろ。来るぞ、あいつが」 「準備って…」「これだ」 状況が読めないライルの右手にピンクのリボンがのり、左手に白い腕が乗る。……白い?…腕? 「うおっ!」 左モニタから半透明の上半身がニョキリと飛び出している。ライルが絶句する中、その裸体を躊躇無く掴み上げた刹那は、勢いのままその体を後方の彼へ投げ渡した。 |
(『騎士の見る夢は』 本文サンプル) 暗い。 そして、息苦しい。 海ではない。夜でもない。 ましてや、洞窟などでもない。今は、昼のはずだ。 恋人との逢瀬に向かっていたはずなのに、俺は、見知らぬ地を蹴っている。 濃密な空気が喉に絡む。澄み切った美味い空気を味わう余裕などない。疾走の身に酸素の濃い風はある意味毒に等しい。 行く先を木々が遮る。針葉樹の海をさ迷っている。 ふと立ち止まり、懐から地図を取り出した…が、意味不明の文字が踊っているだけだ。 読めない。 そもそも文字なのか、これは… 途方にくれ、俺は四方を見上げる……。 「夢を見た」 朝食を伴う予定が、あまりに遅れるから心配になって来たと言う弟の稀に見る甲斐甲斐しさを、俺は正直呪った。 「…大分魘されてたな?」 「それもこれもお前が鼻を押さえたからだろう、ライル」 「ハハハ…。や、その前から随分魘ってたようだが?」 「おまえ半分!夢半分だ!」 森でさ迷っていた夢。悪夢と呼ぶ程でないにしろ…二度と見たくないものだ。 「神経質な兄さんらしい夢だよ…ていっても、もしかすると予知夢かもね」 「はぁ?」 ……予知夢だと? 「ああ。午後の演習は騎馬隊を組んで、森林地帯での模範対戦だろう?しかも、新将軍の初任務だ」 「…ああ、そういうことか」 鎖帷子を纏い、濃緑のチュニックをその上から被る俺の身支度に手を貸しながら、双子の弟は侍従に洗顔の湯の始末を命じている。 「よっぽど不安材料抱えていたか、それが夢にでてきたんじゃないのー?」 「…かもな」 前戦で欠いた兵力を補う為に異国の傭兵を幾人か雇ってすぐの演習だ。俺も傭兵上がりなだけに、新参者の手に負えなさは予測できる。特に…刹那が。 「安心しなよ。あの辺りの地図は前の会議で殿下と一緒にチャチャッと書いたぜ。ほら」 「会議中にそんな落書きをしていたのか、おまえら……おい、俺には読めんが」 「なんで」 ライルが自慢げにぴらりと広げた地図は、夢でみた意味不明と似通ったものがのたくっていた。とても『字』だとは思えない代物だ。 「読めんものは、読めん」 おかしい。ライルは悪筆だったか?それとも殿下が…。 |
(『B L A C K』 本文サンプル) 彼に求められて、僕は自身の体を一時的に預けた。 深夜なのに外は光々と明るく、いささかうるさい。カーテン生地を透過して、色鮮やかな人工の灯りがホテルの壁を照らした。 腰骨がギシギシと痛む。 錆びた鉄に近い臭いがする。血臭だ。 僕の目には見えないけれど、今までロックオンを挟んでいた股の奥にはポッカリ穿たれた穴があって、内蔵に繋がるその穴は口を広げたまま、まだ塞がらずにいるらしい。 ホテルの空調で空気が揺れる度に、そこが外気に触れてジンジンと染みる痛みを空洞の表面に感じさせる。 「…ん、」 「あ、動くんじゃねえよ。…痛いんだろ?」 痛いなんてものじゃない。表現のしようがない、むず痒さを秘めた痛覚を僕は体験した。 通常の生活でも戦闘時にも味わったことのない痛覚に、僕は無面を貫き通せなかったのだろうか。 やけにロックオンが優しくて、…そして、不気味なほどに満足げだ。 人に痛みを与えて満たされる人間は、通称サドマゾのサド…サディスト、サディズムに分類されるとデータベースが教えてくれた。 けれど、彼のそれは、ヴェーダが送ってくれた固有画像の雰囲気とは違ってみえた。 「処女相手に飛ばしまくったからなぁ…」 ロックオンは何の結果がそんなに嬉しいのか、僕の体にのし掛かった体勢のまま、互いの汗やその他の分泌液で汚れた皮膚をすり合わせている。 皮の保護グローブから抜け出した彼の手のひらや指の腹は柔らかく、日焼けしにくいせいか、彼の腹と同じくらいに白い。 過多な潔癖か、接触嫌いの癖にも見て取れる、手袋で皮膚を覆う生活に慣れた彼が、彼の手が数時間ほど僕のあらゆる皮膚と内壁をなぞり、触り尽くした。 結果、僕は全身汗だくの興奮状態となり、雌の肢体ゆえの反応にあらがい切れなく、彼に理性を完璧に剥がされ、みっともなく大声で喘ぎもした。 一方で、僕と比較して、さほど興奮する気配もなかったロックオンには、裸の指で僕の恥部を触ることに意味ない行為ではなかったかと、次第に落ちついてきた呼吸の下で考え直す。 それとも、あの敏感そうな指に、僕の皮膚は何らかの刺激信号を与えたのだろうか。 彼が今まで精密射撃に特別配慮した指先の神経は、常人とどれほどの違いがあるのだろうか…。 「…ん、なんだ?…甘えたさんだねぇ」 「は…?何を……っ、え!」 気づけば、僕は自ら彼の指に手を絡めていたらしい。取り留めなく考えてたことを勝手に体が動くなど…今まで経験したことがない現象だ。 「照れるな、照れるな。俺にとっちゃ、大歓迎だぜ?」 「…なにを、ば、かな……っ」 ニヤッと笑ったライムグリーンの猫目にドキリと胸を弾ませる。 僕は、どうなってしまったのだろう。 実行部隊に割り当てられた時に、ヴェーダから『こんなこともあるだろう』とほのめかされてはいたものの、僕はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。 性交渉とは、単なるストレスのはけ口であるとヴェーダか教わったものを、…僕の体の反応がそれを裏切っていく。 ヴェーダが間違うなぞ、ありえないのに! そら恐ろしい考えがふつふつと沸きあがりそうになって、思考を逸らす為に、僕は意味なくテレビのリモコンを取った。 深夜なのに、馬鹿者か狂人じみたお祭り騒ぎをニュースが中継していた。しかも、生だ。 ソレスタルビーイングが武力介入をし続けるこのご時世にどこの馬鹿な国家だと険しい顔でテレビのデータ情報を参照すると、驚くべきことに、僕たちが滞在するこの国の行事が世界中に派生したものだそうだ。 顔を白や黒に塗りたくったみっともない大人や深夜徘徊する幼児らが口々に画一した口上を述べる。 「年に一度の…ハロウィンナイトさ」 あの世から霊魂がやってくるってな。 ロックオンはそう笑いながら話し、見たこともない情報へ目を丸くした僕を抱えると、窓際のソファへ体を下ろした。 耳をすませば、テレビと全く同じ喧噪がこの地域からも聞こえていた。 僕は好奇心が抑えきれなくなり、ローブを取りに引き返したロックオンを放って、カーテンの裾をめくり上げた。 …光の喧噪がそこにはあった。 「……ハロがいる」 「ハロが?なんでまた…って、アレ、…ふーん、アレ、ね」 裸の僕にローブを着せかけながら、ロックオンも肩越しに窓を覗きこんだ。僕の指さす先を翡翠の視線は辿って、ホテルの向かい側、歩道の消火栓を埋める…巨大なオレンジの物体。 「確かに、ハロによく似たかぼちゃさんだ」 カボチャだと?よくよく目をこらせば、そう見ることもできる。…いや、優秀な狙撃手の目を疑うことは、僕はしない。 チラチラと光るオレンジの球体。空洞の中に火をいれているのだろう、波打つ影が歩道にちんちくりんな人の顔を映し出す。 「オレンジで、丸くて、人の顔してたら、ハロなんだ?…ティエリアにとって」 「……とっさに思いついただけだ」 「素直だねぇ。…おまえさんなら、いい子が育ちそうだ」 「は?」 「いやいや、こっちの話。…あれはな、ハロじゃねえ。って分かってるよな。あいつはな…」 ジャック・オー・ランタン。 (昔々、悪魔を騙して天使さまも騙しちまった末に、あの世も地獄も行けずに、現世をさまよう愚かな男を哀れんだ、灯籠だ) まるで僕の皮膚に入れ墨を彫るかのように、背中に唇をつけたまま声を振るわせ、彼はその名を明かした。 「…ロックオン…体をつけるな」 「今さらだろ」 そう今さらなのだが、どうしようもなく沸き起こった羞恥心に従い、ロックオンの肩を押し返すも、逆にその手を取られて、胸に抱きこまれてしまった。 「どうしようもない世界だと思ってたが、おまえがいるなら…そう悪くはないな」 「何を…」 『どうしようもない世界』は、同じ組織の者として賛同できる。だが、後半の言葉は不可解でならない。 |
(『騎士の見る夢は』 本文サンプル) 昔の話。 昔のちょっと昔、この世の絶望を力にして、魔界を支配していた魔王がいました。 魔王の力は強大でしたが、魔界の覇権を狙っていた悪魔たちの罠に嵌り、魔王は打ち倒されました。次々と倒される悪魔の絶望を餌にしていた魔王の最期です。 次に魔王となったのは、背の低い少年の姿をした悪魔。 憤怒を力の糧とし、その名を刹那と自ら呼びました。 (おしまい) 毒うさぎ、できあがりの話。 「おのれ、ロックオンめ、目にもの見せてくれるわ…!」 ティエリアはふごふごと鼻をひくつかせ、頭についた泥を振り落とします。両前足は土で汚れてますが、真っ黒すけな毛皮では目立ちにくいですね。 なにより、ティエリアは、今、地面の中を進んでいます。猛然と。子うさぎは怒りに目を真っ赤にしてます。まあ、元々赤いんですけどね。 「あの腐れ魔導師…!」 ティエリアは後ろ足のじんじんする痛みに目が潤む度に、ロックオンという男を罵るのでした。 うさぎの小さな後ろ足はトラバサミでギザギザに噛まれて、流れた血が黒毛にびっしりと固まっていました。 トラバサミはティエリアの足を噛んだ後、塵になって消えましたから、それが魔法で出来たものはうさぎにも分かりました。そこから抜け出す苦労はなかったものの、酷い仕打ちにますますうさぎは怒りを募らせました。 ティエリアが男を追っていたのにはちゃんとした理由があったのですが、足を怪我してからはジクジクする痛みで忘れてしまいました。でも、少しおつむが弱いうさぎでも、酷いことをした男を追うことだけは覚えていました。 そして、森の奥、ニンジン畑の向こうにあるつぶれかけの小屋へ男が入るのをとうとう見つけたのです。 「ふっふっふ、あいつが大切にしているニンジン畑を荒らして、その小屋から燻り出してやる…!」 けれども、敵は魔法使い。無策では不利です。 なので、うさぎはうさぎなりに考えて、柵の向こう側から地面を掘り、地中からニンジンを食い漁ってやろうと企みました。…まあ、お腹も空いてましたしね。 鼻に当ったやわらかい感触と甘い匂いに、ティエリアはニヤリと笑いました。素が可愛いのに、残念な笑顔です。 「それでは、いただきます」 その時、小屋の扉が開いた音が上からしました。 ザマアミロと、うさぎはそばにあったニンジンへ歯を立てました。…とたん、ニンジンが悲鳴を上げました! それはニンジンではなく、マンドラゴラという魔草だったのです。そう、ニンジン畑に見えて、実は魔草畑。 「じゃ、収穫しますか」なんて声が上からします。 うさぎのティエリアがその声が誰かなんて知る由もありません。なにより、土の中で気絶してるのですから。 ……まあ、お約束ですよね。 |
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