Forbidden love |
(『荊に天使が堕ちた日』部分的に抜粋 本文サンプル) 西暦2305年 「…刹那、何故エクシアに実体剣が装備されているか、分かるか?」 「それじゃあ、モビルスーツシミュレーターによるヴァーチェとエクシアの模擬戦を開始するわ。刹那、ティエリア、準備はいい?」 『問題ない』 『こちらもだ』 「模擬戦の様子は、この基地にいる全スタッフも観てるからな。恥かかないようにしろよ?」 「ん、んッ…!それではガンダムファイト、レディゴゥ!」 「うわ…スメラギさん、ノリノリだ…」 モニター前に座るスメラギの左右を挟むロックオンとアレルヤの興味と心配を他所に、少年二人の意識は擬似戦場へひたすらに注がれていた。 『ヴァーチェ、目標を破壊する』 『エクシア、目標を駆逐する』 「貴様のせいかッ、ロックオン・ストラトス!」 「あぁ?…っとと、…ええっと、俺が何か?」 突然の殴りこみに、ロックオンはランチプレートを落しかけた。慌ててすぐ傍のテーブルに昼食を置いて、食堂の入口から一目散にこちらへ飛び込んでくるティエリアを迎える。心なしか、白い頬が紅潮している。怒り心頭か。 「ヴァーチェの特性を刹那・F・セイエイに漏洩したな」 「漏洩って、そりゃオーバーな!」 どうやら数時間前に新入りとやったシミュレーション戦闘で、ティエリアの愛機ヴァーチェが新入りの操るエクシアに負けた(被害率の意味で)のがまだ悔しいのだろう。 どこで得た情報か知らないが、己が刹那にヴァーチェ攻略の知恵をつけたとティエリアは知ったらしい。 素早く周囲へ目を走らせるが、己と目をつり上げる少年以外に人はいない。先ほどまで整備士が数人固まって居た気がしたのだが…殺気立ったティエリアに恐れをなして、もう一方のドアから退去したらしい。 羨ましいなあ、面倒くせぇ…と一人ごちながら、ツンツン尖る仲間のご機嫌取りに、殊更声を和らげた。 「あんなの、データバンク閲覧すりゃ分かる内容だ」 「彼自身が参照したのならば、俺も納得する。戦術判断の為の情報収集は、マイスターとして重要だ」 「なら、」 そんなに怒るなよ。…と続けようとしたが、ジトリと血色の眼が恨めしげに睨みつけてくるのが怖くて、ロックオンは口を閉じた。 「だが、第三者が、相手に乞われもせずに有力情報を渡すのは卑怯だ。ましてや、実体剣の使用目的なぞ…」 「おいおい、卑怯は言いすぎじゃねえか?あいつはここに着て間もないんだぜ?ちょっとくらいハンデやってもいいだろうに」 「卑怯は、刹那・F・セイエイではない。貴方だ」 「は?……俺?」 聞き間違えたかと己を指差して確認すれば、黒紫の頭がチョコンと頷いた。下がった顎が元の位置に戻れば、そこにあったのは形のよい唇を尖らせているティエリアだった。 「卑怯だ。俺のヴァーチェを負けさせようとして、あの男に情報を流した」 「え」 思わず、ゴクンと喉が鳴ってしまった。そんなに腹が空いていたのかと、妙な思考が空回りする。 「卑怯が嫌なら、言い方を変えよう。貴方は、ずるい」 「は……?」 「ずるいと、言った!」 何。何なんだ。何だ、この可愛い生き物! 新しい仲間の戦いぶりを称えるどころか拗ねる様は、普段の冷徹俺様ティエリア様ぶりが伺えず、むしろ年相応にプリプリして可愛いと思う。 つまりは、なんだ。 ロックオンが、新参者の刹那に甘い顔を見せたのが気に食わないと。そして、ロックオンのお節介を、ティエリアへの嫌がらせだと誤解しているのか。 「う、わ…」 顔が熱い。俺様ティエリアの鉄面皮の向こう側を悟った瞬間、ロックオンは言い知れない恥かしさに襲われた。 (駄目だ、俺。こいつがどんな鬼畜な事言ったって、これからは「可愛いなあ」としか思えん!) 「…はあー、…美少年はこれだからお得だねえ…」 「意味が分からない」 「…相槌はいいんだ。そこは流せ、そこは」 フラリ、とロックオンは重くなった体をテーブルの縁に寄りかけた。昼食を平らげる前に、腹が別のもので膨れてしまった。 「ふ、はは…っ」 「ロックオン・ストラトス…?」 まさか顔だけは特級の唯我独尊な少年に、自分が捨てた感情を振り回されるとは思わなかっただけに、漏れる笑いを止める術はなかった。 失笑ではない。苦笑でも、嘲笑でもない。表すなら、雨上がりの虹を偶然見かけた時のような清々しさだ。 「わるかったよ。…悪かった、余計な知恵をつけさせて。お前、刹那の実力を見たかったんだもんな」 「わ、分かればいい…!」 たじろぐティエリアの姿は、新鮮だった。 さもあらん、詰め寄った相手が突然笑い出したかと思えば、素直に謝罪したのだ。いつも相手に怖がられるか、煙たがられる態度を取られる彼にとって、今の己は難物だったろうと考えれば、ロックオンの笑みは深まるしかない。 「しゃあねえ、あれは無かったことにはできねえし、…お詫びになんかあっか?」 「お詫び、とは?」 「詫びは詫びだよ。お前を不快にさせちまったから、慰謝料代わりに俺ができることを言ってくれってこと」 物でもいいぜ、と付け加えても「善処するなら、必要ない」と言い切られる。そのスッパリキッパリな態度に、誤解される要因の一つだと気付き、ロックオンはそっと肩を竦めた。 触ってほしいのに近づいてほしくない。ティエリアは、そんな仔猫のようだ。 「そういう腹に一物抱えない態度は嫌いじゃないね。……でも、なんかあるだろ?」 「貴方も大概…!」 カッと噛み付く仔猫がピタリとその爪を止めた。 (ほら、やっぱり甘えたいんじゃねえか) あのぶっきらぼうな新入りにもこれぐらい分かりやすい感情の起伏がありゃいいのにな、とロックオンは思う。 「…貴方の精密な射撃能力の源を調べたい」 「おお、了解だ。銃の腕を教えてくれってことな?」 「ええ。……開いた時間があれば、端末に連絡してください。ヴェーダと調整します」 「俺は、いつでも構わねえよ」 「いえ、貴方のスケジュールに俺が合わせます」 まっすぐにロックオンを見つめていた目がスッと脇に流れて、また元に戻る。 「昼食の邪魔をしてすみませんでした、ロックオン・ストラトス」 「や…別にいいさ」 少し下がった眉は悪びれているのか。それでも、少年の色のよい唇は一文字にまっすぐであった。 「では」 「あ、ああ。じゃあな」 あっさりとした退席の挨拶に、「いっしょに食事してかないか」と勧めることを忘れてしまったロックオンは食堂を去る少年の背中を見送りながら、さきほどまでの会話を巻き直していた。 あれは夢か、と思うほどにティエリア・アーデという少年像がひっくり返る事件だった。 「そう、事件だ………事件だよ、ニール」 こんな微笑ましい日常がこの物騒な組織の中で起こると思わなかっただけに、…呆然とロックオンは己の素に話しかけ、胸に沸いた気持ちを問い質したくなった。 が、その芽生えかけた気持ち以上に驚愕する事実を脳裏劇場がリプレイしてしまった。 「……あいつ…ッ、『です』だと?!…敬語、俺に敬語!あの不遜な俺様ティエリア様が、俺に……ッ!」 一度は冷めた熱がみるみるうちに顔を赤くさせる。ロックオンはグローブの跡がつきそうな強さでギュッと頬の熱を押さえつけた。 当時の彼らにとって、それはそれは一大事だったのだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 西暦2312年 「命中率七十九パーセント…か」 これが一般男性の能力で好成績といえるのかどうか。残念ながら、先代のロックオンや超兵アレルヤなど非常識な周囲の中で生きてきたティエリアには判断がつかない。 「初心者を苛めてくれるなよなぁー」 「黙っていろ」 モニター前で眉間を顰める教官役の小さな背中を諦め心地で見守りつつ、ライルはこの後のしごきを回避するよう言い訳を探す。 「昨日より一パーセントも上がったんだぜ?」 「その上昇値は、単に君がターゲットの動きを覚えてただけに過ぎない。昨日のシミュレーションを復習させて、これか」 「…チッ」 やはり、低いのだろう。ガンダムマイスターとして見るならば、おそらく今の彼よりもラッセの方が上だ。ライルに対して断然甘い判断を持っていた己にティエリアは内心驚きながら、ハロを呼んだ。 「ハロ、彼の端末にあのプログラムを」 「え。何?部屋でも特訓かよ!冗談じゃ」 「『冗談じゃねえ』のは、君の命中率だけにしろ」 「うわ、言うねえ……この、鬼教官」 ボソリと呟いた悪口を最後に、ライルは居住まいを正した。どうこう文句を並べても、最終的に関るのは己の命なのだ。ティエリアに詰られなくとも、己の腕を磨くことは怠るべきじゃないと大人として理解している。 「よし、ダウンロードできたな。…ほら、これを少なくとも明日までにクリアしろ」 「はいはい…って、こりゃおい!」 低重力の中で寄こされた己の端末機を起動させたライルは、そこに表示された画面に唖然とした。 「ただのシューティングゲームじゃねえか!」 「そうだ」 「そうだって…おい、俺を舐めてんじゃねえだろうな」 「ふざけてはいない。ロック…君の兄から僕に託されたものの一つだ。成果は、僕と刹那で実証済みだ。僕はそれで練習した。君にも技術向上の成果はあるだろう」 フフン、と鼻高々に言われましても。…と、ライルは目の前の教官役をこなす少年の、子供じみた仕草に苦笑いを零しそうになった。 兄は、何を考えてこれをティエリアへ贈ったのだろう。嬉しげに過去を振り返る眼差しからして、嫌がらせのつもりでないにしても、これはないと大人になった弟は思う。 「…ゲームでもなんでもいいんだ。要は、目と指先の反射に時間差を無くす訓練だから」 「ああ、そいつは分かるな」 端末から顔を上げたライルへ、ティエリアは素直に頷いた。ハロにゲーム画面をケルディムのモニターへ転送させる。彼は、コクピットシートの裏へ回った。 「コントロールは操縦時と同じだ。現れる点へ照準を合わせると同時に撃て。画面に自機はない。よって、敵からの攻撃はない。ただし、回避行動及び発生数はランダムだ」 「オーライ」 「撃墜数が増えると敵レベルが上がり、点が大きな四角や三角の平面モニュメントに変わる」 「…おいおい、逆に簡単になってないか?」 「違う。難しいのはこれからだ。モニュメントの重心を狙わないと、敵は消滅しない」 「…現実のように、敵機の手足掠めても無駄ってことね」 「飲み込みが早い生徒で助かる」 「恨み辛みで撃つのでないと、気が楽でいい」 「……そうか」 (口が過ぎたな) ライルは空気の変わった背後に意識を向けながら、ゲーム画面をクリアし続ける。後ろを振り向く立場でも、資格もないことを兄のコードネームで未だ呼ばれないライルは実感していた。 …兄の身代わりになるつもりは、さらさらないが。 『目と指とのタイムラグをなくすことが大事だ。…あとは、人間相手だからな。生き物特有の癖を掴むことさ。そういうのは、どんな優秀なコンピューターでも真似できねえ。ヴェーダでもな。…経験がものをいう』 緩く波打つ髪までも、似ていて辛い。 眼前の光景を懐かしく見つめ、ティエリアは胸のつまる思いをごまかしながら、声だけは固く引き締めていこうと喉を鳴らした。 「目と指との…」 なぞらえる。優秀な狙撃手の教えを一語一句違えず、次代に伝えることが、彼に守ってもらった己の為すべきことの一つなのだと、ティエリアは震える唇を噛んだ。 噛むなよ。と、窘めてくれる声は、まだ、聞こえない。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 西暦2314年 「…沙慈。なんだか、とってもいい匂いがしてる」 「ん…?桜が満開だからかな」 恋人の声につられて、沙慈・クロスロードはベッドを回り、窓辺へ近づく。生温かい風が彼の襟足をゆるく撫でる。 ベッドから抜け出せない彼女の為に、気温も高くなったからと、外へ見通しのよいレースのカーテンに付け替えたのは昨日の見舞い時だった。 「いい天気だよ、ルイス」 窓辺からの光にほんのりと桃色づいている気がするのは、春うららかに穏やかな日常に酔っているからか。 ルイスがスイスにあったソレスタルビーイング関連の病院から沙慈の住む日本の病院へ転院して、やっと半年が経つ。ルイスのPTSD完治には、まだまだ先が長い。 (でも、またこんな日が舞い戻ってくるなんて…) 目を細め、一年と少し前に味わった地獄を夢かのように追いやってしまいそうになる己の弱さを、彼は少し恥じた。彼とルイスの為に尽力した刹那たちの今を考えると殊更だ。 「ちがーう、沙慈からよ」 「…え、ぼ、僕?」 「美味しい匂いがしてる」 「お、おいしい?!…あ、ああっ、そっちか!うん、家で煮物作ってたからね。服や、髪に移っちゃったかも」 「…でも、お土産ないみたいなんですけどぉ…?」 ぶすっとむくれるルイスの子供みたいな表情に、昔を懐かしみ、沙慈は苦笑いを浮べた。 「僕の料理を気に入ってくれるのは嬉しいけど、今回は駄目だよ。明日のお花見用だから」 「お花見?……じゃ、あ…」 彼女の目がきょとんと丸くなり、それが花咲くように大きく期待に輝くさまを見守り、彼は力強く頷いた。 「うん。粘ってみたら、三日間だけど、外出許可が出たよ」 「ほ、ほんと…本当っ?!」 「…えへへ、びっくりした?」 「うん!うん!嬉しい!ありがとう、沙慈大好き!」 ベッドから身を乗り出して沙慈の首に縋りついた彼女の両腕は幾多の点滴跡が紫の斑で小花のように肌にあった。 「ちょ、く、苦しいよ、ルイス」 「………ありがとう、ね」 「うん……。それから…ルイスに会わせたい人が明日こっちに来る予定なんだ」 「え…?」 * * 沙慈が恋人へデートの約束を交わした日より三十六時間前、ソレスタルビーイングは月の裏側でひっそりと活動を続けていた。 「惑星探査船イフリート号のオーバーホールは予定の半分を、トレミー2は七十パーセントを消化しましたですぅ」 隣のドッグにいるミレイナ・ヴァスティからの経過報告を、フェルト・グレイスはトレミー2格納庫のモニターから受けていた。ミレイナの両親は午後の実験準備に、フェルトの隣で艦内制御のチェックを手伝ってくれていたラッセとマリーは先にお昼を取らせに行かせた。 一人残ったフェルトは左右六画面で滝のように流れるプログラムの数列を固い表情で見送りながら、脇に小さく広げた通信モニターから凛々しく助手のハロに指示をする同僚のミレイナへ小さく笑みを返した。 「そう。ありがとう、ミレイナ。じゃあ、残りはハロたちに引き継いで、貴女は食事休憩に行ってらっしゃい。この後のダブルオーのドライブ実験が始まったら、いつ休めるか分からないわよ」 「了解ですぅ。……えへへ、」 「なに?…そんなにお腹が空いてたの?」 「ち、ちがいますよ!ミレイナはそこまで食いしん坊じゃありません!ストラトスさんとアーデさんに会えるのが嬉しいんです!」 「……そっか。昨日は、メディカルチェックで会えなかったもんね…」 「着艦シークエンスのやりとりが再会の挨拶だなんて、ドライすぎますぅ。それに、明後日にはセイエイさんたちと地球だなんて…。ミレイナはたくさんお話したいのに…」 「…あ、ご、ごめん!ミレイナに留守番させてしまって」 「え、い、いいいえ!そんなつもりじゃ!ど、どうぞ、グレイスさんは行ってらっしゃいですぅ。ミレイナの分までお墓参りしてください!」 わたわたと慌てふためくミレイナに他意もなく、チクリと刺さった胸の棘を隠して、彼女は力なく笑んだ。 「うん…ありがとう。ニールに、ミレイナがよろしくってちゃんと伝えるから」 「ハイですぅ!」 (ちゃんと、最後まで笑えたかな…) メンテナンスドッグからの通信を切り、フェルトは無意識に目頭を押さえた。涙が出ないのがおかしいくらいに動揺している自分を感じていた。お腹の底が鉄屑でも飲み込んだようにズンと重く感じる。 ここに待機している者が自分ひとりでよかったと思う。きっと見っともない顔をしているだろう。アレルヤ辺りに感づかれてもしたら、きっと尾を引いてしまう。 (仲間の面倒にも、実験の邪魔にもなりたくない…今は) 「ロックオン………ニー、ル…」 人類が居住可能な星を探していた船、イフリートはフェルトらのかつての仲間の骸を偶然発見した。 その報告が呼び水のように……、リボンズ・アルマークとの決戦以来、接続を拒絶し沈黙したままだった組織の根幹である量子演算機ヴェーダ本体が外部へ…人に例えれば文字通り、心を開くようにフェルトらソレスタルビーイングの面々にアクセスを許し始めた。 長い冬眠を明けた動物が野に駆け出すように、ヴェーダは次々とイオリア計画の進行を推し進め、イフリート号の報告を基に早々テラフォーミング候補地帯を裁決し、その一方で、GNドライブ新造が終わったばかりのダブルオーライザーのシステムアップデートを急かした。 イフリート号の月基地へ帰艦を命じたのもヴェーダだ。 「まるで…、ヴェーダが会いたいみたいね…ニールに」 そんなはずはないのに、フェルトの心はそうだと訴えてくる。刹那なら、と彼女は期待の目を彼に向けてしまう。(…昔のティエリアのように、ヴェーダと直接対話できる脳量子波を持つイノベイターへと進化し続ける刹那なら) 「刹那に…、ううん、彼に迷惑かけちゃ悪いわ」 先の見えない不安の影を振り払い、今やるべき事をと、フェルトはスクリーンの明度を一段階上げた。 すべきことを成さなければ、明後日からの休暇は取り下げられる。…それは彼女にとって、一大事だった。けじめをつける最後のチャンスを潰すわけにはいかない。 明後日、フェルトは刹那らと一緒に地球へ降りる。 ニール・ディランディの遺灰と共に。 * * ロックオン・ストラトスことニール・ディランディの遺体は、月基地にてしかるべき検査の後に体内ナノマシン技術の隠蔽で焼却処分となるところを、遺族の強い要望により、遺灰という形で地上へ葬送されることを許された。 己の希望が通る確立は五分五分だと考えていたが、いかな上層部もあの御方の采配には口出しできなかったようだ。「ヴェーダ様々、だな」 咥えた煙草を唇で弄び、ロックオンは基地の割り当てられた個室で一人ベッドに寝そべっていた。 己のテリトリーであるイフリート号と違い、月基地ではどこでも喫煙できるわけがなく、食堂に集う僚友と懇親を深めるよりも、ヤニ切れの身を労る方へ彼は向けた。 基地に帰投してから、身体検査と報告に次ぐ報告で部屋に戻る暇もろくろく与えられず、煙草にも部下にも会えず仕舞い…とにかく彼は苛立っていた。 「戻ればベッドにバタンキュー、だしな…」 部下には着艦前に予め指示してあったのでこちらを心配してはいまいが、大きな懸念材料のティエリアについてはこちらの意を汲んだか、スメラギが何か言い含めたか、己の部屋の隣に彼のを用意してくれてあった。 ティエリアも検査などでロックオンの傍から離れがちであったが、幼児退行に似た不安定な精神を考慮してなるべく傍にいれるように会議へ同席させていたし、この部屋の解除パスは教えてある。ある訳がないが、万一に備えて、ティエリアにはハロを持たせてある。 己の端末に緊急コールがない限り、彼は安全だと安心できる。…が、言い表せないモヤモヤが呼吸を浅くさせる。 「……今頃、食堂で皆といるか」 午後からダブルオーライザーの新型GNドライブの稼働実験がある。明後日には刹那らと地球へ降りる予定だが、それも実験の経過によっては延長されるかもしれない。懐かしい仲間とゆっくり話し合うなら、今がベターだろう。 「お兄さんは寂しいねえ…」 暇さえあれば、ロックオンのベッドをソファ代わりに端末で拙く御伽話を読みふけっていた黒紫の髪が懐かしい。 ほんの少し前にあった日常だった。今はかなり遠いものと感じるのは何故かと、ロックオンは苛立つ気分を無理やり払いのけ、目を閉じた。腹の空気を全部吐き出して、深呼吸すれば、薄くバニラの匂いが漂う気がした。椅子の背に掛けられた薄桃のカーディガンからだろう。昨夜の騒動で、彼が零したドリンクのせいだ。 「早く…帰ってこいよ。…謝りたいんだ…」 グローブを脱いだ白い指に絡みつく銀の鎖の先に、小さなカプセルがあった。 丸みのあるそれは、地上のどんな武器より針や茨、何よりも鋭い棘となってロックオンの指を突き刺し、ドクドクと血潮を流していく。 後悔、という血潮を。 「…ん、…」 意識が睡魔に襲われて白くなりかけた…間際、枕元の端末から激しいアラーム音が鳴り響き、翡翠の狙撃手は鋭く身を翻した。 その音色は、ハロからの緊急シグナルのものだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 「ティエリア・アーデ?」 「うん。僕の恩人。刹那ともう一人、こっちに来るんだって。ルイスの容態も見ておきたいからってさ」 「……女の子?美人?彼氏いるの?刹那の彼女?」 彼女の口が尖る理由が判らない。沙慈は、かの佳人を思い出し、苦笑いした。苛烈で鮮烈な凛々しい花だった。 「美人ていや、すごい美人だけど…男の子、だよ?」 「じゃあ、いい」 何がいいか、よく判らないけれど、彼女の機嫌が直ってホッと胸を撫で下ろす。 「…ティエリア、て名前、私、聞いたことがあったの」 「へ、へえ…」 ポツリとこぼし、沙慈はギクッと身を強張らせた。ティエリアが人ではなく、イノベイドだったことを彼は知っている。ルイスを苦しめたリボンズもイノベイドだった。 「レグナントが大破して、沙慈と直接会えて…私が…首を絞めちゃった時…」 ティエリアの存在は、過去の罪に苦しむルイスのトラウマをまた抉じ開けるかもしれない。そう危惧するも、沙慈は彼を…今の彼を招きたかった、どうしても。 ティエリアの叱咤がなければ、沙慈は命どころか、今ルイスの傍に寄れる資格さえなかったかもしれなかった。ましてや、彼は仲間の為に命を賭して…ああなってしまったのだ。少しでも、恩返しがしたかった。 「嫌だった。でも沙慈はソレスタルビーイングの人間だからって、殺そうとして……苦しくて、憎くて、悲しくて、頭がいっぱいいっぱいになって」 そうしたら、頭の外側から『ティエリア』って誰かを呼ぶ男の人の声が通り過ぎたの。 ルイスは遠くへ目を向けるよう、沙慈から顔を背けた。 「優しくて恋人呼ぶような声で…それを聞いたら、とってもとっても切なくなって、涙が出て……」 「あ…、ああ……もういい、いいよ、ルイス…!」 涙声で鼻を啜る彼女を抱きしめ、沙慈は震える背を何度も撫であやした。あの時の彼女の目が金色に光っていたことを覚えている。誰かが彼女を操っていたのは明白であり、そこにヴェーダというコンピューターが介していたかもしれなかった……否、そうだったに違いない。 彼女が聞いた声は、それは『彼』の欠片が還る名残だ。 「あの声の後、気が晴れたっていうか…苦しくなくなったの。…もう、嫌だなって、復讐なんかしても意味ない……沙慈がいないのは嫌だなって」 あの戦場での彼の最期を、沙慈は知っていた。 ルイスが聞いた声の主を、沙慈は知らないけれど。 「だから…いつか会えたら、ありがとうって言いたいの」 「会えるよ、ルイス。僕も、ありがとうと言いたいしね」 野菜を小口に切って、浅漬け用の汁を冷蔵庫から取り出しながら、沙慈はトレミー2での食事風景を懐古した。 確か、昔のティエリアは生き物の形をしたメニューが苦手だとアレルヤが明かして「それは今でもだ」と彼本人が返しながら、アレルヤの足を踏みつけていた所を見かけたことがあった。 結構な甘党だったことも、熱いものが苦手なことも思い出す。…不遜な彼が目を充血させて、展望室に居た日も。 「…桜餅、食べるかな?」 ルイスと艦を下りる時に交わした挨拶も、思い出す。 あの時の彼女は秘匿義務の為に眠らされたまま治療を受けていたので覚えてないだろうけれど、車椅子の上で眠るルイスへ無邪気に「いばら姫、バイバイ」と手を振ってくれた。 あれも、ティエリア・アーデだ。 「…君の方こそ、いばら姫だよ」 その言葉は、本人の意図しないところで的を射ていた。 しんみりと明日の宴の下ごしらえをする彼の耳に、インターフォンが木霊した。ギクリと足が震えた。 「だ、誰…?」 かつてのように暢気に玄関へ向かうことはできない。かといって、ここに武器になるようなものは包丁ぐらいだ。 キッチンの壁の端末にインターフォンの映像を繋げた。モスグレーのハンチング帽にやぼったい眼鏡の、やけに背の高い男が立っている。しかし、沙慈は男の癖のある髪に見覚えがあった。 「ラ、…ロックオンさん?!」 『やぁ、沙慈。ひさしぶり』 慌てて玄関へ向かい、ドアのチェーンをもどかしげに解く。二年ぶりに再会した彼は、男の目から見てもかっこいい外見のままだ。…だが、どこか憔悴しているようにも見えた。 人目もある。彼をリビングへ通し、沙慈はコーヒーを淹れにキッチンへ戻った。 「明日来るって聞いてましたけど…刹那は?」 「ああ、それな。ちょっと無理になっちまった」 そう言い、崩れた笑みを浮べたロックオンに沙慈は違和感を覚えた。何か、痛みを堪えるような表情をあえて凍らせて、無理やり笑っているようだ。 「また…どこかに武力介入…とかですか」 「ああそれは違う。けれど、来れなくなっちまった」 「どういうことですか…?それに、ティエリアは?」 第三者となった今だが、打ち明けても構わない程度にはスメラギから沙慈は彼らの身の振り方を聞かされていた。 ティエリアは、沙慈の前にいる男と共にガンダムマイスターを辞めて、彼と共に行動しているはずだったが…。 「刹那は…いや、ダブルオーは消えた」 「な、…なんだって…?!」 そんな重大なことを他人に言っていいのかと驚くより、友人の安否に詰め寄る気持ちが沙慈の中で上回った。茶盆を脇に、リビングへ引き返す。 「刹那が消息不明?彼が勝手に組織を飛び出したっての?」 「………わるい、これ以上は守秘義務に関る」 嘘だ。眼鏡を取り、疲労か目頭を押さえる男の手の震えに、沙慈は彼の本心を見抜いた。 ロックオンはこれ以上言わないのではなく、言えないのだ。仲間を失ったことの辛さ…以上の、何かで。 それに、もう一つ気に掛かることがあった。彼と刹那と一緒にここへ来るはずだったもう一人の。 「…ティエリアは、元気ですか?」 ピクリ、と目元を覆う白い指が痙攣した。 ハッと乾いた笑いを飛ばし、薄い唇が皮肉げに歪む。 「正直に、何故一緒に来なかったかって聞かないんだ?」 死者に鞭を打ちたくないからです。…とは、沙慈の口から言えない。それほどに、ソファに気だるげに座る彼から生気はなかった。 沙慈はエプロンを脱ぎ、ソファの反対側の縁に腰を下ろした。 「彼、甘党だから…桜餅作ろうかと思ってたんです」 「ああ」 「刹那も…昔、僕の家の隣だった頃の刹那が好きだった鳥の唐揚げも下ごしらえが終わったところで…」 「ごめんな」 声に抑揚がない。 「ルイスに、彼のこと話したんです。ルイスも興味津々で…僕の恩人だって言ったら、偶然彼女にも恩人だったらしくて、…会えたら、二人でありがとうって言おうって」 「ごめんな、沙慈」 「謝るのは僕にじゃないでしょう!」 穏便に構える気でいるつもりだったが、煮え切らない返事に沙慈は癇癪を起こして、ソファから立ち上がった。 「今の彼に必要なのは貴方なのに、何しているんですか! ティエリアはどこに…ッ!」 目を覆う手を弾き、沙慈は翡翠の両眼を睨みつけようとした。…だが…。 「ごめんな」 思い出す。彼は戦場の中でもシニカルな物言いでいた。けれども、真摯に対応する優しさもあった。皮肉屋の裏に寂しさを抱えたひとだった。 本当ならば、皮肉でも真摯でも簡単に謝罪の言葉を口にするような男ではなかった。プライドの高い、狙撃手だ。 「なにがあったんです……ティエリアは…」 その緑青は、乾いてひび割れた宝石のような目だった。流せる涙を流しきったように、虹彩が澄みすぎている。 「いないんだ」 「…ロックオン、さん」 「もう、いない」 「ティエリアを」 |
(『今日が幸せであれば』抜粋 本文サンプル) 『海王星の衛星トリトン上空の監視衛星が、三ヵ月前、離脱許可の申請が下りぬまま静止位置を変えた。衛星の制御AIは、こちらからのアクセスを拒否する』 「確か…その衛星が太陽系外からのガンマ線放射の異常、並びに太陽系内へ侵入する流星群を報告し、それをうけての今計画立案だったと記憶しておりますが」 その監視衛星からの観測報告がなければ、連邦議会は飛来する流星群の対処もおろそかになっていたに違いない。 しかし、救いの声を上げた後にそれが顔を背ける理由をレナには理解も、考えつきもしなかった。 『君も連邦軍人の端くれとして理解しているだろうが、VEDAはかつて史上最強のテロ組織ソレスタルビーイングの根幹だった。数百年前に連邦政府へ軍縮政策を進める密約を交わした奴らは宇宙開拓事業へ技術転換し、木星圏ガリレオ衛星のパラテラフォーミングに成功した。それにもVEDAは携わっており、その飛躍した演算能力は我々にも提供された』 「…VEDAなくして私たちの生活は成り立ちません」 『そうだな。…二十一世紀に確立したクラウドコンピューター理論がホスト側の演算限界によって一時廃れたが、量子演算サーバーを手に入れたおかげで、その理論が復興した。数々の電子機器にVEDAの端末子イノベイドの人格を模した人工知能…AIを配置することによって、制御プログラムは簡易になり、器機の故障も減って、手動によるアップデートの必要もなくなった』 「まさか…!」 『察しがいいな、准尉。そうだ、トリトンの監視衛星ナイレンにもVEDAに連なるAIが配置されていた』 「…大佐は、VEDAが反乱を起こしたとお思いですか?」 『ソレスタルビーイングが反旗を翻したと考える事と、どちらが脅威かね?准尉』 「ソレスタル……いいえ、まさか…」 レナの足場が揺らいだ。否、彼女の体が足の震えに耐えられなくなっただけのことだ。一歩仰け反り、思わず彼女は文机の端を掴んだ。 『もう一つ問題がある。これだ、准尉』 震えるアクアの目がモニターに映った写真に信じられないものを見たと見開く。 「それは…一体?!」 『「未知との対話」だ、准尉。奴らの最終目的は人類以外の生命体との接触だと、過去の議会委員が回顧録で書き記していた』 「…しかし、そのようなもの私は見たことがありません」 『私もだ。議会にも報告は上がっていない。しかし、ガリレオ衛星ガニメデ…いや、アーデか、あの星では数百年以上も市民とそいつらとの確執があるそうだぞ』 「余りに日常茶判事になりすぎて、木星帰りの人間は気にも留めなかったとか…」 『甘いな。VEDAオペレーターによる情報統制だ』 「まさか、一人でそれを」 『人間ではないよ。非公開だが、VEDAのオペレーターと呼ばれるものは元々生体端末イノベイドの事だ』 「………!」 『人類への裏切りとは思わないかね、准尉?』 「……了解しました。全力を尽くします」 『作戦指揮は、テア・リヒテンダール・アドラス少佐に一任しておる。移民船の操縦士に彼は偽装している。乗艦後、貴君は少佐の補佐に回るように』 空っぽの端末がひどく重い。 重い息をついて、レナは先ほどの通信記録も消去した。 「……ママァ?」 「リーア?」 か細い声にギョッとして振り向けば、扉の隙間から五歳になる娘のリーアが目を擦りながら立っているではないか。 慌てて軍服の上衣を脱ぐと、レアは娘の体を抱きしめた。 「リーア、いつからあなたそこにいたの?」 「ついさっき。ママと眠りたくて」 「もうっ、この甘えっ子め!…こんなに冷やしちゃって」 パジャマの上に羽織ることを考えつかなかったのか、冷えた体を温める為に服の上から肩や背中を擦って、レナは娘を抱き上げた。 リーアは抱っこの時に握っていた金の後ろ髪がなくなったことを空振った指で思い知った。 「…ママ、髪切っちゃって、もったいない」 「ん…お仕事だからね。しょうがないよ」 抱き上げたまま寝室へ向かう母の肩に、何度も額を擦りあわせてリーアは母の匂いを吸い込んだ。いつもしていた花の香りがする白粉は、母の肌からはしなかった。 「…行っちゃうんだよね」 「うん。行くよ」 「パパ、寂しそうだった。…リーアも、」 ごめんねと、謝るそぶりは見せない。謝るつもりもない。謝ったって、レナが娘につける傷がなくなるわけではない。 子供を経験したからこそ、子供の事をわかってあげなくてはいけないと…レナは…ルイスは思う。 幼かろうが、ひとはひとだ。嘘もごまかしも効かない。 「行くよ、私は。…守る為と、ルイス・ハレヴィの為にね。…でも、ちゃんと帰ってくるからね」 「ママ…レナママ…」 「ちゃんと帰ってくるよ、地球に。ママはルイスの宿題を片付けて、帰ってくるから。パパとお留守番、頼むね」 腕の中で小さな頭がもぞりと動いた。 「いいこ…」 涙ぐむ目を瞬かせて、レナは夫との寝室のベッドに娘と一緒に潜り込んだ。 抱きしめたリーアの口元からチョコレートの香りが漂い、レナは明日がバレンタインだということにようやく気付いた。そして、夢を見た。 初めて父親以外にチョコレートを渡した相手に、その後、ペアリングをせびった日のデートのことを、ルイス・ハレヴィは夢に思い出し、レナは枕を濡らした。 * * 「やれやれ、彼女は巻き込まれ体質なのかな?」 ルビーの輝きよりも真紅の光の渦の中で、二人の青年がクルリクルリと身を何かの波に委ねるよう回っていた。 「相変わらず人間は利己的だね。嘘つきで、猿回しだ」 「…本当に、奴らは『キー・オブ・ジ・ワンダー』を奪うつもりか?それが存在していると信じこんで…?」 レナの家と連邦軍を繋いだ通信回線の糸を弄ぶ黒紫の髪の青年が顔を上げる。監視衛星ナイレンに居たAIと似た雰囲気が、その容貌にはあった。 「奴らがそれをオペレーターの解除パスと見ているか、オペレーターを懐柔する人質と思慮しているか…。どちらと睨んでいるかで、僕らと奴らは敵対することになるね」 「リジェネ…」 「VEDAは渡さない。…そうだろ、リヴァイブ?」 二人が存在する場…世界と言い換えてもいいだろうVEDAのメインサーバーの中で二人の使徒は向き合った。 「決まっている。それが、僕たちの使命だろう」 フンと鼻を鳴らし、薄紫の髪を靡かせたリヴァイブ・リバイバルは地球より遥か彼方のガリレオ衛星の映像をサーバーから摘み出した。 「ナイレンのティエリアはそうでもないようだが…」 「アレはもう駄目だね。自分の使命と吹き込まれた欲望を履き違えてしまっている……これだから、コピーは」 「彼は人類を甘やかしすぎた。僕らイノベイドの意識データは常に一つだ。ただの人工知能と勘違いなぞ、甚だしい侮辱だ!」 「ティエリア・アーデは、イノベイドの中でも特殊すぎた存在だったからね」 リボンズ以上の難者になるとは思わなかったけどね…とリジェネは真っ赤な唇をうっすら吊り上げた。 「どちらにしろ、彼の計算通りさ。…ねえ、ティエリア?」 リジェネが頭上の光源へ顔を上げる。つられて、リヴァイブの不審げな眼もそこへ吸い寄せられる。 人間の動脈のようなリズムで紅の光の波が明度を上げ下げしている、その中心は周囲のどれよりも一際赤かった。 「結局、勝つのは君自身だ」 生きた、心臓のように。 |
(『あの夜 闇に旅した』 P?-?? 本文サンプル) 緋の螺旋に燃えるクリスタルセンサーの脇に、何かの巨像が膝を折った形で鎮座していた。濃緑の巨像の額に嵌められた逆三角形の紅いセンサーがキラリと光る。 「これは……」 そのシルエットには、見覚えがあった。 いや、『見た』ことなどないはずだった。 だが、体が奮えるのだ、それを一目見た時からずっと彼らの中で高揚する力が外に溢れ、一つの言葉を成した。 「デュナ、メ…ス?」 「いいや、これは…これは俺のケルディムガンダムだ!」 一歩踏み出したニールを押しのけ、ライルはその巨像へ駆け寄った。その機体名をニールは知らない。おそらく、自分がいなくなった後の、後継機なのだろう。弟が近づく緑の巨像を…否、彼は愛機を思い出した。 それは単なる古い像でなく、戦闘兵器である。近付く毎に見えてくる装甲の傷一つ一つを目に映し、ニールはそれに宿った戦いの痛みを思い返し、顔を歪めた。 懐かしい愛機に刻まれたのは、生前の己が築いた後悔の歴史という『創痕』ばかりだ。 ニールは、小さく恋人の名を呼んだ。 |
- ||||―― サンプル / Bitter sweet, My kitty, My plantsdoll 2 ――|||| - |