Forbidden love



 カッと紅潮した鼻先に舌を突き出して「ヒーロー気取る気はねえんだが…まあ、気にすんな」
前置きした彼は、「俺は」ニヤリと笑った。
「通りすがりの超兵さ」





「 Bitter sweet, My kitty, My plantsdoll」
 発行: 2009/12/29   600 円
 B6 (オフセット)  ページ: 60 P

ニルティエ両思いのWロックオン×ティエリア(両性)。
・ティエリアがネコ耳つき観葉少女という生きた人形で、
それに振り回されるディランディ兄弟の話。18禁要素はニルティエのみ。

夏発行『Bitter sweet My destiny』の数百年後の未来で、
TV1st+2nd(24話25話除く)と地続き転生風パラレルです。
マイスターの何割かが生まれ変わりで、何割かがそうじゃないです。
なお、2期24話以降は捏造設定、ライアニュ会話?も1ページほどあります。

[シリアス度★★★★][甘々度★★★☆][本編捏造度★★★★]
[兄貴ロリコン?度★★★☆][ライルかっこいい度★★☆☆]
[ロクティエ双方向愛され度 ∞][超兵かっこいいぞ度★★★☆]
(★2つが「普通」程度です)


Written by Jun Izawa

(『奇跡を待つ身じゃない』 本文サンプル)

 何千年の有史で繰り返された陳腐な語りであろう。
 が、これ以上にこの胸の内を表す言葉を、ロックオンの辞書は載せていなかった。
 雷に打たれた。
 無論、落雷の被害はおろか、雷自体見たことがない身だが、何故か、ロックオンの中から自然とその表現が零れ出たのだ。
(なんだ…、これ)
 黒紫の髪の合間から見透かす紅玉が己の姿捉えたと感じた瞬間、ロックオンは脊髄からビリビリ這い上がる衝撃に呆然とし、脳は理性を束の間、放棄した。
 湧き上がる衝動に駆られ、おそるおそる手を小さな頭へ伸ばす。ビロードの手触りだ。想像通りの感触に、強張った頬が緩む。
 それを見て、ピリピリと苛立った雰囲気を放っていた相手の気が緩んだか、ロックオンの手を頭にのせたまま、少女は小鳥のように首を傾げた。無表情な顔のままで、の仕草がより彼女を人形らしく魅せた。
(笑えば可愛いのに)
 ロックオンは、欠片の感情も見せない絶世の美少女を相手に、思春期の少年のようなときめきを感じていた。…否、肉欲を味わう身故により性質が悪かった。
(俺を見て笑って、俺の目を見て眠ってくれたらいい)
 俗に言えば、この少女にドロドロとした独占欲を抱いていた。
 悪名ある撮影監督に納得できず、あまり気乗りしないCM撮影だったが、こんな可愛い共演者ならば、大歓迎だ。
「とんだお宝発見、てところだな」
 『何だそれは』とでも言いたげに眉をひそめる少女に、彼はニッと笑って「なんでもないよ」と告げて、髪を撫でつける。
そして、その手を下げていき、柔らかな掌を取る。
「ロックオン・ストラトスだ。お互いに頑張ろうな」
 それで、これからもよろしく。…とは続けなかった。初対面の相手にかける挨拶にしては、物騒だからだ。
 ナンパ染みた言葉をかけるには、目の前の少女はどう見ても今のロックオンと到底つり合うようには見えなかった。
 小さな指がキュッと、ロックオンの手を握る。
 顔はまだ緊張感が拭えていないが、紅い瞳にキラキラ輝く光を見つけ、今はまだこれでいいんだと、ロックオンは柔らかな笑みを惜しみなく小さな共演者へ捧げた。
(悪いが、今夜は寝かせてやれないな)
 心中で物騒な宣言を掲げ、ロックオンことニール・ディランディはこの上なく私情に走ることを胸に誓った。
 ぶっちゃけ、この収録が終わるまでに狙い撃つ気満々だ。
 この子の年齢とか、頭に生えている獣の耳とか、ロングスカートの中でモコモコ動く物体の正体(おそらく頭の耳と対なす尻尾だろうが)とかは、独占欲に暴走するニールの前には些細なことでしかなかった。
 少女の顔と眼差し、その名に惚れたと言ってもいい。
その他は、単に彼女を可愛く魅せるオプションとしか思えないポジティブシンキングな彼だった。

 こうして、リテイク数実に四十回という、十何時間にも及ぶCM撮影と、ロックオン・ストラトスの愛の戦場に幕が開けたのだ。


 

(『その猫、凶暴につき』P31-33 本文サンプル)

 甘かった。
 金持ちどもが言った「馬鹿高い」の言葉に騙された。奴らの金銭感覚は一般庶民とはかけ離れている。
「お前さん、結構なお値段だったんだなぁ…」
「結構で片付けられるかよ、分譲マンション一室分だぜ?十人いりゃ、モビルスーツ一機買えるんだぜ、ニール」
 まだ工房に行ってないのでティエリアの場合の金額は分からないが、観葉少女の平均的な値段でも、俺の予想よりも『0』が二桁遠かった。遠からず、弟もそうなんだろう。
 分割払いってアリなんだろうか。とっさに壁の端末器で口座の残高を確認した。全然足りません。
 俺が観葉少女の話を聞いた奴らは、役者の中でも出世し尽くした金持ちどもだ。だが、俺はまだそいつらの域には達していない。
 弟が叩きつけた雑誌の記事が頭から離れず、俺は二度ミルクを沸騰させちまい、空腹の猫をそれは盛大に怒らせた。
「うん…遅かった俺が悪いから…ズーズー音立てるのは止めるんだ。はしたないよ」
 幼い手に余るカフェオレボウルを補助してやりながら、膝上の黒猫の旋毛(毛並みか?)を見つめた。
「フン、行儀作法は有料オプションってかぁ?」
 俺の太腿辺りをなぞっていたしっぽがピクリと逆立つ。
「ライル、」
「それとも真っ白な素材をアナタ様流にお染めくださいって奴かよ。金持ちの道楽は分かんねえなあ」
「ライル!」
「…ちッ」
 ふて腐れてパンを齧る弟を睨みながら、内心は冷や汗だらけだ。やばい。刹那級の守銭奴じゃないが、弟のケチぶりを知ってるだけに、ティエリアを連れてきた昨日の今日でこの流れはいただけない。思わず、天を仰ぐ。
(二人の仲が深くなるのは嫌だけど、険悪になれとは祈ってないんだがなあ、神様)
 ガキの頃から拾い癖のあった俺の尻拭いをライルは兄弟というだけで無理矢理させられてきただけに、大人になっても、俺はこいつに頭が上がらない。
 しかも、こないだ俺のストーカーらしき女の刃傷事件に巻き込んで引きこもりにさせちまっただけに、…つうか、半年前、交通事故起こした俺の入院中の仕事の代役に立てた借りもまだ返してないし、やばい。物凄くやばい。
 だけど、この子を手放すことだけは絶対に嫌だ。
「…甲斐性なしがいっぱしに駄々こねてんじゃねーよ。現実を見ろよ、現実を」
 テーブルに置いた観葉少女愛好家向けの雑誌の上に、自身が見る為に買ったのだろう、経済誌が乗せられる。ライルが指差す記事にちらりと目を向けた。既に承知してることでよかったと、俺は張った肩を少し落とした。
「移民計画の広報CM、兄さんとティエリアなんだろう」
「ああ。…お前の言いたいことは分かっているつもりだ」
 弟は、俺のスケジュールを一通り把握している。急遽代役に立つ時の為だ。
「どうすんだよ、あと一月で放送されんだぞ!」
 弟の怒号を受けながら、俺は自分達が本当に双子なんだということを実感した。考えていることが全くの一緒だ。そして、弟の不器用な優しさも。
「編集段階で消すだろ。流石に、あの耳じゃあクライアント側の政府がNG出すだろうから」
「っことは、撮影ん時はモロ出しかよ?あっの短小野郎」
「あーあー、ティエリア、俺の部屋で絵本読んでなさい」
「……ぬうぅ…ぶぁしぃ…」
 膝から猫を掬い、血の昇った弟のお下品攻撃からさり気なく庇う。離れたくないと俺にしがみ付く可愛い手を放すのは甚だ不本意だ。けど悪いな、俺はまだスレたお前さんを見たくはないんだ。
 それ以前に、ライルを威嚇するのは止めなさい。
「厄介ごとばかりじゃねーの、ニール」
 不機嫌にバシバシと床を叩くしっぽを見送った弟がテーブルへ振り返る。どうにも帰宅前からライルの血が沸点まで上がっていたようだ。何があった、コンビニで。
「俳優ロックオンがネコミミ族を隠匿してる、てゴシップ記事叩かれでもしろ。村八分でマンション追い出されて、あんな馬鹿高いニャンコ養うどころじゃねえ」
「その前に、犯人幇助罪とか誤解受けて保安局にしょっ引かれる方を俺は心配したけどな」
「あんたの想像の方が、非現実的だよ。あの子の素性は工房が立証してくれようが、一般市民の偏見は怖ぇんだぞ」
 なんとなくだが、分かる気がする。
「わかった」
「…そうかい」
「お前が、俺たちを心配してくれたことには感謝する」
 大きく息をついた弟が乗り出した身を椅子に戻すのを見守り、俺は空になった奴のコップにコーヒーを注ぐ。
「…勿体無いが、今月中にネコ耳落とすことにするよ。体ちっちぇから泣くなぁ…あんま痛いの強要したくな」
「エロい方へ持ってくな!馬鹿兄貴!」
 ライルが叩いた弾みで、コーヒーがテーブルにこぼれる。布巾を取りに立ち上がれば、逆に手を掴まれた。
「俺は、あの猫を工房へ返せって言ってんだ!誘拐犯が!」
「そうだろうと思ったよ。却下だ」
「一年二年売れたぐらいで高給気取りしてんじゃねえよ!観葉少女なんか高いだけのダッチワ、ブッ…痛ェーッ!!」
「ぶあんし!」
「ティエリアッ?!ああッ、俺の本に血が!」
「てめ…俺の鼻心配しろよ、鼻を…」
 ライルの顔面に絵本を投げつけたお姫様は物凄い形相で睨み上げる。てっきり部屋に篭っていると思いきや、物陰に隠れて俺らの話を聞いていたらしい。かなりのお冠だ。
「なんだ、『幸福の王子様』…て、なんだそりゃ?」
「ば…んし…す、」
「ティ、ティエリア…え、なんで泣きそうなんだ?」
 自分の鼻血がついた絵本の題を弟が怪訝そうに読むなり、ティエリアの真っ赤な目はぐしゃりと歪んだ。再び謎の言葉『ぶあんし』を繰り返すと、もう一冊持っていた本をまた投げるかと待ち構えるや、突然、リビングを逃げ出した。
「ちょ、待て、待ちなさい!ティエリア」
 ちまっこい足のくせにとんだ素早さの猫は俺の手を掻い潜り、リビングを抜け、キッチンで八の字に振り切り、廊下奥の風呂場に飛び込んだ。扉にしっぽが挟まるのじゃないかとヒヤリとするうちに、うっかり内側から鍵をかけられて、俺は成す術なく廊下に尻をついた。


(『??』 P?-?? 本文サンプル)

 ブリッジからの報告を聞き、刹那はブリーフィングルームを抜けた。直ぐ脇の通路を曲がり、ある一室の前に立つと彼はゆっくりと瞬きして、琥珀色の瞳を虹に輝かせた。
 すると、目の前のロックが解除され、扉が開かれた。四方八方ルビー色に煌くモニタールームがそこにはあった。かつてのトレミーにも設置されていた、ヴェーダとの直接コンタクト用システムルームだ。
(ティエリア。ティエリア・アーデ)
 それを彼と呼んでいいのか。今でも悩むところだが、刹那はそう呼ぶことにした。すぐさま応答は返ってきた。
『…刹那・F・セイエイか。どうした?』
(イフリート号の帰艦命令を出したのは、おまえか)
『上層部が、彼らの探査結果に満足したと認めただけだ』
(とぼけるな!)
 セラヴィーのマイスターであった彼の私室を改造して設置されたそこは、イノベイターとして進化し続ける刹那の脳量子波の訓練に使われていたが、月基地で休眠状態であったオリジナル・ヴェーダの再起動により、本来の目的であるヴェーダ本体との交信に利用されることにもなった。
 ただし、月のヴェーダにティエリアの意識が残っていることを知る者は、直接交信できる刹那と…おそらく憶測で気づいているだろうイフリートの艦長だけだ。
 トレミー2のロックオンがいた部屋には、既に新たなマイスター候補が腰を落ち着けている。
(ロックオン…あいつに会いたいからか)
『刹那…、俺は』
 組織の科学班や、フェルトらが何度もアクセスを試み、刹那も脳量子波を送っても微動だにしなかったヴェーダが再起動した…否、月に移送されている最中もヴェーダは演算を止めていなかった。ただ外部からの接続を拒絶し、無反応を繰り返していただけだ。
 毎度の睡眠不足で目の下に隈をつくるフェルトは言った。
 まるで、あの頃のティエリアのようだ、と。
 仲間とガンダムを失い、ソレスタルビーイングの敗北に打ちひしがれていた彼は体の傷を癒した後も暫くは放心状態でいて、周りの声が聞こえていなかったようだったと、彼女は辛い気持ちを刹那に打ち明けた。
 長い沈黙を打ち破ったのは、またしても、彼なのか。
 外宇宙進出の足がかりとなる星を探していた船は、木星付近でガンダムデュナメスのマイスターを発見した。発見者が双子の弟だった事は、運命の皮肉としか思えない。
 その報告がトレミー2に届いた頃と同時期に、月基地のヴェーダが外部アクセスを許諾したと報じられたのだ。
 スメラギにせっつかれ、刹那は慣れない脳量子波で月のヴェーダとの波長を合わせ、返ってきた声に驚愕した。
(目覚めるまで、今まで、何をしていた)
『ティエリアのデータ再構築と、イオリア計画の推考だ』
(再構築…?)
『躊躇いながらも君は僕をティエリアと呼ぶが、厳密に語ると、僕は君の知る過去のティエリアだ。記憶のサルベージでしかない。ティエリア・アーデは、一度死んだ』
(どういうことだ)
『一年前の作戦で、ティエリアはヴェーダのハッキングから離脱する際、メモリ不足を補うために己の記憶と感情情報をヴェーダの中に捨てていった。この僕は、それらをかき集めて模られた。…一つだけ、欠けているけれど』
(……捨て、ただと…)
 刹那は、今ロックオンの傍にいるもう一人のティエリアのことを考えた。セラフィムから救出した彼が何も覚えていなかったのは、そういうことだったのか。
『僕が今考え、感じることは過去のティエリアが持った記憶の中をなぞるだけで、未来への展望はない。閉じられた意識を、君は生きていると思うか?刹那』
(俺は、わからない)
『わからないことは貴重だ。ヴェーダの混乱は答えの出ない事柄に何度も試算したことにあった。そして、それを与えたティエリアを重要事項とし、ヴェーダは遺された彼の情報を組み上げていった』
(なぜだ)
『より人間を理解するためだ。計画のために』
(ヴェーダが人間らしくなったというのか…)
『いや、僕はヴェーダという箱庭に放たれた鳥であり、通訳のようなものだ。リボンズのように偏った見識をヴェーダに送らないよう、僕は全てのイノベイドの報告を…これ以上は秘匿義務があるので言えない』
 これ以上追求しても堂々巡りになるだろう。刹那は、話の矛先を変えた。
(推考とはなんだ。イオリアの計画にはまだ先があったのか、教えてくれ。ティエリア)
『先はない』
 答えは簡潔だった。
『トレミー2へ送った情報が全てだ。それ以上先の計画はない。最終到達点は、外宇宙への進出。それが終わりだ』
 ならば、ヴェーダの中の彼が考えた事は何か…刹那は胸に拳を当て、早くなる動悸を落ち着かせようとした。
(推考、とは)
『イオリア・シュヘンベルグの思考を追った。このような途方もない計画を練る発明家とやらの思考回路に、僕は興味を抱いた。あの人のように矛盾を孕んだ人間なのか、悪人なのか、善人か…僕は知りたくなった』
(それで、答えはでたのか)
『彼がロマンチストだということが知れたよ』
 意外な返答にあっけにとられ、刹那は言葉を失った。
 しかし、この言葉が後に暗雲を呼ぶキーワードとは、彼は気づかなかった。刹那は、まだ恋を知らなかった。
『人類愛、宇宙への憧れ…そんなものを彼が抱えていたのかもしれないと始めは考えた。しかし、それだけならば、僕たちイノベイドの誕生、果てはイノベイターという人類進化までに彼の思考が発展するはずはないと僕は疑った。彼が執筆した文献を洗い浚い閲覧し、果てはインターネットに残っていた彼の蔵書リストまで手を出してみた』
 手ごたえがあったような声の軽さに、刹那はそう悪い結果がでたわけでないと楽観した。
『[ガフの部屋]を君は知っているか』
(知るか。なんだ、それは)
『魂の座とも謂う。古代ヘブライ人が説いた、新たな人間が生まれる時に取り出される魂の貯蔵庫のようなものだ』
(宗教の類か)
 神を捨てた刹那には理解しがたい説法だ。
『ここから最後の魂が取り出され、空っぽとなった時、人類は滅びると予言され、昔の人々は怯えたらしい』
(数が減る?空っぽ、とは)
『そこは僕にも理解ができなかった。ただ、イオリアはこの話に大そう興味を抱いていたらしい。これほど長い年月をもってしても、人類が全滅しないのは何故かとね』
 難解な話になりそうで、刹那は尻が痒くなり始めた。座学は苦手だ。そもそも彼の身勝手を説教しにここへ来たのだ。が、どうして夢想事に相槌打つ羽目になったのか。
(周りくどいことはもういい。結論を言え)
『いつになっても、君はつまらない男だな』
(いいから早く言え!)
 ガッカリした声に、ここに彼の実体があったら殴っていた己の幻に免じ、堪忍袋の尾を少しだけ堪えさせた。




- ||||―― サンプル / Bitter sweet, My kitty, My plantsdoll ――|||| -