Forbidden love |
(『Forces of mind』 本文サンプル) 「そうさ、仲間だ。 あれがヴァーチェじゃなかったって、俺はなんとかしようとしただろうさ」 (仇だった刹那であろうと、アレルヤだろうと…) 「…だが、お前は彼の素性に気づいてい」 「ドクター、」 翡翠の隻眼が一閃、男を見据えた。 「俺が知ってようが、なかろうが、あれはティエリアだ。惚れた奴を庇って何が悪い」 「開き直ったな、ロックオン」 「直るさ。…なあ、ドクター、腹の探り合いはやめろよ。いったい全体、あんたは何が言いたいんだ?」 右目がジクリと痛む。 名誉の負傷だなんて言いやしないが、目玉一つと恋人の命が交換できた運命の悪魔に、俺は感謝のキスしたっていい。そんな気分は、今だに薄れない。 たぶん、ティエリアの泣き顔を見るまでは…。 |
(『分岐点』 本文サンプル) まるで、ケルディムガンダムのマニュピレーターとこの手が一体となった感じがした。 ストンとこの身に何かが憑いたような、奇跡の業だ。 「…ク、クク」 まるでティエリアの声に呼応するように、合図かのように。 ヘルメットのマイクでも拾えない程度にくぐもった笑いを零しながら、一度手に入れたタイミングはもう身につけたよと胸の中で告げた。 引き継ぐなんざ、お断りだったが。 おまえの頼みなら、ひとつぐらい受けてやってもいいぜ。 ニール。 「レッスン料代わりだ」 それに、そろそろあのAIだけじゃ心もとないと思ってた矢先だ。 (近づくにはちょうどいい言い訳になる) |
(『もう一つの終極と、運命の…』 本文サンプル) 《今、大切なのは情報ではない》 ティエリアは、瞼を閉ざした。 《戦況を打破する機会だ》 開いた先、緋色の目が見つめる先は、宇宙の闇だ。 (四年前の攻防戦で犯した失態を繰り返すところだった) ヴェーダのオペレーターからセラフィムのガンダムマイスターへと、かの意識が統合される。操縦グリップを握る手に力がこもる。 深緑のシールドを払い、セラフィムのバズーカを放つ。 『ティエリア!』 「こちらの援護より、自分の後方に注意を払ってくれ」 『…ッ!起きた早々、お小言かよ!』 「寝た覚えはない」 遠隔操作で単機攻撃させていたセラヴィーガンダムをケルディムガンダムの背後に回し、その一方で、彼は中断していたトレミー2へのデータ送信を再開させる準備を整えた。 『ちょ、合体しないのかよ?』 「フェルト、データ送信を再開させる。受信チャンネルをセラフィムへ合わせてくれ。スメラギ・李・ノリエガ、」 『なに?』 モニターに映った彼女の表情を見て、一瞬言葉を飲んだ。 次に出す手を悟っているのだ。それが、彼女の才であり、仕事だから…悲しい才能だと彼は彼女を始めてそう評した。 「…セラフィムを使います」 『使わないことはできないのね?』 子供に問うような優しい声音へ、無言で頷く。 『ダメ!』 「フェルト?」 スメラギの横にフェルト・グレイスの悲痛な顔がモニターに現れた。 『ティエリア、ダメよ。セラフィムの遠隔操作の上、データ送信だけでもあなたのメモリに負担が掛かっているのに、トライアルシステムなんか使ったら、最悪』 「最悪ショートか?…大丈夫だ、僕のニューロネットワークはそんなに柔な回路ではない」 『…でも、』 「送信した情報は直ぐに破棄する。空いた領域はバックアップに回すつもりだ」 『でも…』 目尻に浮かぶ涙が丸い粒となって、ヘルメットのバイザーに着いていく。ティエリアは困ったように、唇を曲げた。笑んでごまかすには心苦しい場面だと思ったからだ。 「泣かないでくれ。僕は、悲しいことを悲しくならないようにしたいだけなんだ」 『…ティエリア』 『キザだな、おまえさんは』 茶化すように二人の間へ割り込んだロックオン…ライルの顔も曇っていた。話す間も、アロウズを撃ち落す手を休めない。彼もまた、かの人のように心と体が乖離していくのだ。 ガンダムマイスターの宿業かと償いのごとく、ティエリアは彼へ少しだけ笑みをこぼした。 「…君のお兄さんが言ったんだ、僕に」 『なら、仲間を泣かすことは止めるんだな。…セラヴィーの火器管制をこっちに回せ』 『ロックオン!』 『バズーカの一つ、二つ増えたところで、撃つのに大した違いはねえっての。こっちにゃ、ハロがいる。任せろって』 『…僕も、悲しいことを悲しくならないようにしたい』 「アレルヤ!」 飛行形態に変形したアリオスガンダムが急接近するなり、トレミー2周囲の敵を一掃する。そしてまた戦地を変え、敵を翻弄する。 『だけど、君を犠牲にしてまで願ってはいない!』 『セラヴィーの火器管制システム、ケルディムへ同期できますですぅ!』 「ミレイナ、勝手に!」 『………俺は止めない』 『刹那!てめぇは、ったく!』 『あいつに無駄はない。一度決めたことを早々変えるような奴じゃないことは…皆が、知って、るッ!』 リボンズの猛攻に耐えながら、かわしながら、他に気を回す余裕などがあるはずもない彼の、それでも仲間の交信に混じってきた刹那の思いを、ティエリアは嬉しさと申し訳なさの間で受け止めた。唇が戦慄く。 『…が、ひとりじゃないんだ…ティエリア!』 「知ってるさ。刹那」 抑揚なく返事をすると、数多の通信モニター全てを切った。 外部通信のリンクを外し、ティエリアは大きく深呼吸した。目頭が熱くなる。視界が潤むことは戦いに不利だと指摘する冷静さへ、「これが人間の不自由さだ」と返した。 湿った溜め息を一つ吐き、彼は音声回線のみ繋げた。 「…セラヴィーの火器管制を…ケルディムのマイスターとハロへ譲渡する」 『マカサレテ、マカサレテ』 『いい判断だ、ティエリア』 「トライアル開始後、敵機は硬直する。その隙に」 『卑怯な手だね。でも、僕とマリーで狙い撃つさ!』 「僕たちが四年前に講じたように、相手も独立システムを搭載しているだろう。まず、リボンズの機体には通用しない」 『問題ない。俺とダブルオーが駆逐する』 『…あらあら、私の出番はないわねー』 「………すみません」 いいのよー。朗らかな戦術予報士の声につられ、一時トレミー2の通信回線が明るい笑いで埋まる。イアンが、ラッセが、ミレイナが笑い、刹那でさえくぐもった笑みを返す中、ティエリアだけが声を出さず、セラフィムのコクピットの中で天使のような美しい微笑を浮かべていた。 (最期に。みんなの笑い声が聞けて、よかった) そして、ティエリアは目を閉じた。祈った。神にではなく。 《もう一度》 仲間の無事を。未来に。運命に。 《僕を導いて、ロックオン・ストラトス》 |
(『リトルグッバイ』 本文サンプル) (どこかで見たことがあったか…?) 刹那は、通路先で覚束ない足取りのティエリアの背を見つめ、その先へも目を向けた。小型の旅行ケースに腰掛ける私服姿のロックオンがそこにいた。 目が合うと、彼はゆっくりと瞬き一つ返すだけで、刹那への挨拶を終わらせた。そして、すぐに目線を戻し、ふわりと漂ったピンクのクラゲへ、「ほら、もうちょいだから、頑張れ」と腕を差し出す。 翡翠の眦は和らげで、かの笑顔はどこまでも甘い。 まるで、恋人へ向けるようだ。 「今は無重力だからズルできるが、地上に降りたら、ちゃんと足で歩けよ」 「あなたに負ぶさればいい」 「ダメだ、ダメ。当分戻ってこれないんだから、地面の感触味わっておかなきゃな」 幼子を窘めるように言い含め、背に縋りつくティエリアの両手を外すと、彼は他の目があるにも関らず、その白い甲へ口付けた。 「………、」 |
- ||||―― サンプル / Bitter sweet, My destiny ――|||| - |