Forbidden love |
どんなでしょう。どうだったのでしょう。 言葉で尽くせない、その反応。結果。 ヴェーダからは見えない過程。 知りたいわ。調べさせてちょうだい。 教えて どんな 気持ち ? |
「私、行くわ」 頭上で瞬く幾百もの情報パネルを瞬き一閃で消滅させ、アニュー・リターナーは振り返った。くすんだクリーム色のコートがはためき、儚げなラベンダーの髪がふうわりと彼女の頬を滑った。 「そう。助かるな、アニュー」 「やれやれ。地上に降りて半年ぶりに帰ってきたってのに、すぐ出かけるのか?アニューは仕事熱心だ」 「面倒くさいのに、…変な子」 「ヒリング、君が行かないのなら、彼女しかいないんだよ?」 豪奢な内装に似つかわしくないシンプルな色のソファに座る美男美女三人が交互に皮肉をのせて、一人立つ同類を見上げる。 「ソレスタルビーイングには、技術者として行くのね?」 その為の下地作りに、半年間地上で居場所をつくったのだ。 「そうだね。君を…ティエリアと直接会わせるわけにはいかないし」 時期がくるまで、とリボンズは口を濁して、アニューを伺った。彼女がリボンズの企みに好意的なのは、彼女が戦闘用ではなく研究員として好奇心旺盛な人格に造られたせいもあると知っていた。 たとえば、目の前に数多の情報を重ねて検証する手間など使わなくとも、イノベイターの手段…脳量子波を使えば、ヴェーダの演算力をもって一瞬で解答は寄越されてくるというのに、アニューはあえてそれを使わないそぶりがあった。 他力本願が嫌らしい、とは彼女と対で造られたリヴァイヴの言だ。 (誰に似たのやら) リボンズは、イノベイター特有の依存心を持たぬ頑固な気性を持つ女性型の同類を見つめた。 アレハンドロ・コーナーを誑かして、ヴェーダのアクセス権をもぎ取った直後にリボンズが仕掛けたことは、ヴェーダの管理下で眠っていた己の同類たちを叩き起こし、手足となるように調教することだった。 欲しいのは優秀な腕だ。従順な奴隷が欲しいわけではなかったので、起こしたばかり無駄に空っぽな人格に植えつける手間を惜しみ、リボンズはヴェーダがティエリアから搾取した観察データをそのまま彼らに見せ続けさせた。人間という種を理解させるには打ってつけの情報だと思っていた。足りない情報は、彼らが時折ヴェーダのデータバンクを引っ掻き回して得ていった。 ディバイン、ブリング、リヴァイブはあっさり固有人格を自ら構築させ、ティエリアの情報から離れていった。ヒリングは、ティエリアがガンダムデュナメスを台無しにさせた戦闘データを閲覧した後で「馬鹿な子」とケラケラ笑い、ソファーに座った。 アニュー・リターナーだけが無言のままでティエリアの最期までを観察していた。ヴェーダからリンクを外された彼のデータは、リジェネ・レジェッタを仲介してヴェーダに届けられていた。 『死ぬのが、怖くなかったのかしら』 リジェネが「これ以上先のデータはないよ」と両肩をすくめて、一人きりの観衆へリクエストを断った後、アニュー・リターナーの放った言葉がそれだ。 虚を突かれたリジェネが「それはどっちのことだい?」と、生まれたばかりの彼女の疑問へ質問を返した時の笑みが印象的だったと彼は思い返す。その場にリボンズは居らず、仮の主人と共に月にいたのだが、脳量子波は光年の距離も身近に感じさせる力があった。 「僕が仲介しよう。王留美の紹介で入りこめばいい」 ストンと猫が下りるようにしなやかな身のこなしで、リジェネがアニューの背を押した。 「頼むよ」「了解」 (…リジェネ・レジェッタ) 去る二つの背を見やる。リボンズの計画で二つの誤算があった。 死ぬべき存在が生きていること。知らぬ間に同胞が目覚めたこと。 アレハンドロ・コーナーの要望で、ソレスタルビーイングからヴェーダの情報リンクを遮断させ、ガンダムを物理的に起動不能にさせた。ヴェーダからのフィードバックを得られないということは、生体端末であるティエリアのリンクも遮断させられたと同義だ。 その瞬間、ヴェーダがリジェネの生を与えた。 トラップシステムの類かと疑ったが、ヴェーダは機械的に審判者(トライアル)の不在をリジェネで埋めただけのようだった。生まれたばかりというのに自我が確立していたことはリボンズの失態だったが、今のところリジェネの第一はイオリアの計画だ。放っておいても害はないと放逐して、リボンズは愚かな主とガンダム達の粛清に勤しんだ。 ああ、愚かだ。 愚かな人類が造りあげたものは、やはり愚でしかないか。 歓喜に震える彼女の波長が耳障りで、リボンズは自らの手でアニューの首を締め上げることを厭わなかった。 「僕が二度も甘やかすとでも思ったかい…?」 首を締め上げ、残った片手で半壊のモビルスーツを駆る。飛び道具のファングは、双子の片割れへ贈る皮肉のつもりだったが、ライル・ディランディにとってニール・ディランディはコンプレックスの対象であっただけで、嘲笑せんと向けた思慕は伺えなかった。…アニューを介して知った情報だけだが、興味深かったのは、そのことを知った彼女自身がひどく落胆していたことだった。 「愚かな、女だ!」 惹かれた女に蹂躙されていくケルディムガンダム。震える手で差しのばす女の手は、助けを求めてか、それとも拒絶か。一興の価値があると、リボンズは装甲をそぎ落とすように反撃しないガンダムを貶めていった。 「君も、ティエリアも!」 離れた宙域で、ルイス・ハレヴィのモビルアーマーに苦闘するティエリアの苛立ちがリボンズの思考に引っ掛かる。アニューが持ち帰ったデータを元に改良させたものに、ティエリアのものが適うわけがなかった。ましてや、運命の天秤たるヴェーダはこちらの手の内だ。 (やめてやめてころさないでおねがいやめ) 纏いつく女の脳量子波を払いのけ、リボンズの興味はティエリアに向いていた。絶叫しながら、無意識に腕が次の一手を打とうと試行錯誤している様が手に取るように見えた。不屈の闘志に、リボンズはほくそ笑み、次はああいう奴が欲しいなと考えた。 計画と欲望に揺らぐ女の愚かさは見飽きた。 (やめてやめてやめておねがいころさないでおねがいわたしが) 持ちえる力を放棄して弄られるだけの救いしか知らないような男は、もっと馬鹿だ。 (誤解させたまま死なせないで私が殺したいお願いリボンズ彼はライルは私のもの大切なの殺さないで貴方が殺さないで好きなの愛しているの愛されているのだから死なせないで彼はいつか) いつか。 「ああ…」 ニイッと、リボンズは長年の謎が解けたように笑んだ。 「そんな日は来ないさ、アニュー」 指の下でビクンと彼女の首の血管が震えた。 「アニュー・リターナー、君はティエリア・アーデじゃない。あの男はニール・ディランディでもない」 怯えた眼差しが、心地よかった。できれば、この女ではなく、ティエリアの紅い目で見たかったものを、彼は意固地なまでに同胞らへ銃を突きつけ続ける。それでこそ、ティエリアらしいと言わしめたのはリジェネだった。 「君は似ている。僕がよく知っているひとに似ているよ」 『死ぬのが、怖くなかったのかしら』 太陽炉近くまで穿ったビームサーベルの跡を凝視しながら、彼女は何度も瞬いた。頬は白く、だが、眼は爛々と輝き濡れていた。 憧憬だ。 「愚かなアレハンドロにね」 唾棄するほどにロマン主義者がとてもよく、ね。 - End //and go→[2nd-20b] - |
『bitter sweet』 2009/02/28(土) 23:59 終筆 サンライズ禁 BGM:bitter sweet (Maaya Sakamoto) ・ライアニュに優しくないイノベ話。恋に恋するアニュ。 ・ロクティエに対抗するアニュ→ライ→アニュ。 ・アニュの心情は坂本真綾「bitter sweet」で保管。 【Back】 |
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