Forbidden love






さようなら。今まで助かった。今までありがとう。



光  2

Written by Jun Izawa


 耳障りな警告音が、瀕死のティエリアの意識を助けた。

「う、うう……」
 ナドレとティエリア、どれほどの時を漂っていたのだろうか。
 宙の戦場は、また静寂な暗黒へと戻っていた。
 傷ついた肉体が思考についていかない。それでも、ティエリアは現状の把握に勤しんだ。戦況の分は、まだどちらにもついていないのだろうと、彼は己の無事に確信した。
 首も四肢をもぎ取られた機体を、敵は死んだものと思い込んだのか。コクピットの様々な箇所で、火花が飛んでいる。誘爆を恐れてか、幸い、周囲に敵影は無かった。ティエリアは、次にGNドライブの状態を確かめて、激痛に歪む顔を少し緩めた。

(希望は、まだ残っていた。禍根は、断たねばならない)

 震える指先を限界まで伸ばし、彼は、愛機へ死を告げた。
 ガコン、と背後で重い金属が落ちる音がした。さようなら。今まで助かった。今までありがとう。身に付いた限りの感謝の言葉を脳裏に浮かべ、ティエリアは宙へ放棄したGNドライブ…太陽炉の行く末に叶えられなかった彼の願いを託した。
 サイドモニターで、仲間の無事は視認した。
 もはや、これ以上にティエリアの講じる手は存在しなかった。
 ホッと息をつけば、もう体にさきほどまでの力が宿ることはなかった。限界を訴える肉体のそれに、ティエリアは(本当に終わりなのだな)と、ここで散る運命を悟った。
 GNドライブを捨てた今、生命維持装置はバッテリー量を減らす一方だ。ナドレの機体は、いつ爆発してもおかしくはない。いっそ自爆させた方がいいかと、ふと思いつきもしたが、彼の筋肉と神経は既に息絶えていた。
 マイスター達は…アレルヤは、刹那は無事だろうか。「生きていれば、伝える」とその場での情報開示を拒んだ刹那の言葉は、ロックオンの言葉を借りるならば、彼なりの約束だったのかもしれなかった。
(…デュナメス、ロックオン・ストラトスの最期の戦闘データを記録することはできなかった……)
 次第に息苦しくなり、ティエリアは霞む意識の果てで瞼を閉じた。低酸素の状態、ヒトならば幻覚も見よう。だが、ティエリアは夢も幻も見ない。
 見ることができない事実、仕様を、彼は生まれて初めて感謝した。
「ああ…」
 微弱に震えた睫を縫うように、歓喜の涙が潤う。
 奇跡に近い力が、ティエリアの双眸を開いた。それに、光も力もない。
 夢も幻も見ない。記録したデータは死ぬまで消えない。脳裏でリプレイする画像は輪郭から色まで、正確無比。
 だから、これは彼の願望でもなく、理想でもなく。回顧であり、懐古だ。
「…ティエリア?」

 ああ、貴方だ。本物の、ロックオン・ストラトスだ。

「ずっと、待っていてやるから、ゆっくりと…来な?」
 手を差し伸べる彼は普段着のままで、ハッチを支えるように片手を上げていた。裸の右手を、ティエリアの方へ差し出している。リアルだ。とてもリアルな映像であり、膨大な記録の片隅にあった、一つの思い出だ。
(これは…)
 他愛も無い1003日前の記録。己の体調管理よりもヴァーチェの調整を重視するティエリアを案じて、ロックオンが食事に誘った時の………ティエリアの無意識が生まれて初めて選んだ、プレミアがこれだった。
(ああ、私は……僕は……俺は…あの時から……)
 滅多にグローブを外さない彼の右手は、白く、とても柔らかそう…否、柔らかかった。少し骨ばっていたが、掴んだ感触も記録している。
「これで……いける……」
 傾ぐ上体を掠めるように、白い手がロックオンへ伸ばされる。ためらいがちに、しかしぶっきらぼうな手つきの1003日前の己の右手へ、ティエリアは微笑み、瞼を上げることをやめた。思い残すことは、もう無いのだから。
 末期の望みが叶えられないことは、承知していた。だけど、いいのだ。もう何回も彼の手をとっていた。覚えている。覚えていた。だから、いいのだ。もう、いいのだ。

 思い残すものは、もう           亡いのだから。

(ロックオン…)

 アレルヤの言葉を借りるなら、私たちは稀代の人殺しだそうです。
 だから、貴方は今頃地獄とやらにいるのでしょう。苦しいですか、苦しいでしょう。さぞかし、貴方は貴方が信じる神とやらに懲らしめられているでしょうね。怒らないでください。見下していやしませんよ。奪った命の数なら、私の方が多いに違いない。ヴァーチェはそういう機体でしたから。
 ああ、そういうことを言いたいわけではない。
 私も、そこに行くのだと宣言したいのです、ロックオン。


「……これで…貴方の元へ……ロックオン…」

 だから、待って。
 懺悔は待って、居てください。そこに。

「…(貴方がいるなら、僕には…)」



 地獄も甘美だ。





- End / go to hell  [ 00 2nd season] -

『光  2』
2008/11/09(日) 00:47 終筆
サンライズ禁
BGM:光芒(B'z)
*『光芒』の続き。00 1st season 第25話のティエ側をリライト。
*当初はそのまま死亡ネタでした。2期ティエの頑張りを見て瀕死に変更。
注:ティエリアさん、人外(生体端末)ネタ。頭の中に、
容量の低いHDDレコーダーがあるものと考えてください。



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