Forbidden love








魅 了 さ れ る

Written by Jun Izawa


 エクシア、キュリオス、デュナメス、ヴァーチェ。ソレスタルビーイングが保有する四機のモビルスーツ、ガンダムがセイロン島の民族紛争へ武力介入を敢行した後、ロックオン・ストラトスはソロモン諸島へ向かった。夜のうちに諸島の一つへ自機を隠し、エージェントが用意していたクルーザーにエンジンキーを差し込む。運転席の横にポツンと置かれた釣り道具一式はカモフラージュか、単なる皮肉か。
「…ほっとけつーの。中華系に、俺のファッションセンスが分かるか!」
 デュナメスを隠した島から遠い無人島にクルーザーを停泊させ、彼は夜明けまで仮眠をとることにした。
 が、しかし。揺れる船の中で休めるものかと日中の高揚感が治まらず、眠気がしない彼は外の空気を吸いに船室を出た。
 数世紀変わり映えしなかった夜空にくっきりと浮かびあがる異形の存在。月明かりに照らされた象牙の塔。御伽話のごとく幽玄なる光景をただ綺麗だと評することもできず、見上げた彼は苦々しく笑った。
 24世紀のピラミッド。完成するに流れた血潮は、古代のそれの比ではないだろう。
「……煙草でも嗜んでたら、少しはマシだったかもなあ」
 翌朝彼が向かう先、人革連所有の軌道エレベーター『天柱』。海上に聳え立ち、天を貫く人工島だ。
 そこは、ミッション終了後、マイスター達の合流ポイントの一つにされていた。
 仲間の一員であるティエリア・アーデの宇宙への帰還を見守る為と、実質始まった壮大な計画にガンダムマイスターの意志が揺らいでいないかを各々再確認する為に集うのだった。

 当初は、次の介入想定ポイントに合わせて各機ばらばらの地域で潜伏するよう計画されていたのだが、ミッションリーダーとモレノ医師の進言から量子演算機ヴェーダは考えを改め、第二ミッション終了後、ガンダムマイスター達は一度顔を合わせるようにとの通達がなされた。計画の変更に、戦術予報士のスメラギはいったん渋い顔を見せたものの、ガンダムマイスターのリーダーを務め(させられてい)るロックオンが放った一言で酔い目を覚ましたらしい。
 彼曰く、「今まで貴方が揮った駒は軍人で、大人ばかりだったろう?…だが、俺たちはそうじゃない」
 長い年月重ねた訓練は自信になろうとも、そもそもが年齢も精神的にも未熟な者が集った烏合の衆だ。不思議と彼らの組織はガンダムのパイロット養成の際、軍隊のように強固なマインドコントロールを仕組むことがなかった。と同時に、メンタルトレーニングも準備されていなかったのだが、ロックオンはそこにも首を傾げはしたものの、代わりに常駐の医師がメンタルバランサーの役割を担っていると聞かされ、疑念を一度は取り下げた。
「しっかし、しっかり洗脳されちゃってるような奴は一人知っているんだがなぁ…」
 言わずもがな、同じガンダムマイスターの少年。ヴェーダ大好きっ子のティエリア・アーデである。組織の理念追及の為ならば、己の身も周りも巻き込みそうな勢いがある彼を世間の荒波に…もとい、地上に一人放っておくと碌なことが起こらない。元々宇宙育ちのせいもあり、地上も社会生活も慣れない彼の不安点を戦術予報士も承知していたのだろう。武力介入を宇宙で支え待つ巡洋支援艦プトレマイオスのエネルギー補充の為、一機は宇宙へ上がらねばならないガンダムの選出に、彼女は躊躇いなくティエリアのヴァーチェを選んだ。

(まあ…一石二鳥を撃ち落す彼女のことだ。それ以上の利を狙っているのは分かっているんだが……)

 海面に伸びる人工物の影が視界を暗く遮る。高い荒波のせいで両手はハンドルに掛かりきりだ。
 ロックオンはサングラスの奥から鋭く目を尖らせて、目標の停泊地点を探した。エージェントの王家が出資するホテルのハーバーだ。ロックオンはそこでティエリアと合流することになっている。残りの仲間とは、軌道エレベーターの搭乗ロビーで落ち合うことにした。接点は少なく、逃げ道は多ければ多いほどいい。わざわざクルーザーを駆ったのも、万一に備えてのことだ。荒れた海に、ティエリアが船酔いしなければいいなとロックオンは要らぬ世話焼きを抱いては、生まれつきの性分だなと己を苦々しく分析した。気分を切り替えるついでとばかりに、仲間のことも分析してみてみる。
「刹那は無鉄砲だったし、つれない言葉吐いたアレルヤは根が優し過ぎて今頃胃炎になってそうだし…どいつもこいつも一人にしちゃいられねえから、呼んでみるんだがよ…」
 ガンダムヴァーチェとマイスターの帰艦のサポートとは名ばかりな、いわゆる、子供の反省会になりそうな雰囲気がしてきて、ロックオンは思わず額に手を打った。三人の未成熟さを思えば、この先もミッションリーダーを降りようがない。つくづく、貧乏くじを引いたものだと、ロックオンは老けてもいないのに老成してゆく自らの社会性と理性を哀れんだ。


 ◆

「搭乗開始時刻だ、失礼する」
「あ、おい、そんな急がなくても」
「気をつけて、ティエリア」
「…」
「こっちは俺たちに任せて、しっかり休めよ」
 短い再会を惜しむ影もなく、さっさと搭乗ゲートへ歩むティエリアへ三者三様の挨拶を投げる。呼応することも振り返りもしない潔すぎる背中を(凡庸な服が彼の美形をカムフラージュするのか)等とアレルヤはぼんやり見送っていると、隣で聞き逃せない大きさの舌打ちがした。視線を戻すと、予想どおり悔しげな顔をしたロックオンがいた。
「ったく、ちっとは名残惜しめっての…ッ」
 コーヒーの残りを飲み干すなり、彼はアレルヤたちにここへ残るように告げて搭乗ゲートへ走っていった。見目の良さと俊敏な動きが周囲の視線を攫っていく。周りの不自然さにティエリアも不審がったのだろう、淀みない足を止めて後ろを振り返った。端整な顔が引きつる様は一興の価値はあるなとアレルヤは考えた。刹那はどうだろうと、首を向ければいまだにミルクに手をつけない彼が動じずに二人を見つめて…いや、睨んでいるような気もする。
「…帰ってもいいか、アレルヤ・ハプティズム」
 ゲートへ進む歩調は仲良く、だが荷物を渡す渡さないと拗れたやりとりが伺える二人の背中へ、アレルヤは苦笑した。
「リーダーの顔を立ててあげてもいいんじゃない?」
「おまえにはあれがリーダーの顔に見えるのか…」
 ボソリと呟いた刹那の毒は、一仕事終えたかのような満足感を添えて爽やか笑顔を浮かべ戻るロックオン・ストラトスの表情を見事に評していた。
「どう見ても『色惚けの優男』は偽装行為とみていいんだな、アレルヤ・ハプティズム?」
「うーんー…難しいね、それ」
 ティエリアの見送りを早々に打ち切って戻ってきたロックオンは、残した二人のマイスターたちの事も案じていたのだろう。少し偏っているものの、程々に平等な彼はこの中で一番リーダーらしいとアレルヤは感心した。一方で、刹那には評価を下げられたわけだが。
 ティエリアの見送りも済み、いざ解散と刹那が勝手に踵を返すところをアレルヤとロックオンは左右から掴んで止めた。渋い顔を見せる彼へ「ミルクを飲んでないじゃないか」と窘めるロックオンに対し、アレルヤは単にこれからの単独行動が寂しくて、少しでも仲間たちと話がしたかっただけであった。
 普段から話上手でもなく、ましてや個人情報は規律で明かせないとなれば、自然と話題は自分たちの抱える『仕事』の内容になってしまう。

「しかし、前回の作戦で僕らは四つ新作を見せた。それが、次は三台だけですなんて、クライアントは納得するのかい?」
「しないだろうな。しかも、一番飛び切りの美人さんを隠されちゃあなあ」
「………」
 軍人がうろうろする施設の中で、ガンダムの名を出す愚は冒さない。
「さぞや、じらされんだろうなぁ、奴さんも。…全く、ミス・スメラギはあいつの魅力をよくご存知で。…妬けるなあ」
「?」
「明日は三ヵ所へ同時にプレゼン開示だ。俺は先に出る」
「あ!途中までいっしょに帰ろうよ」
「必要ない」
「まあまあ、小姑がいない時ぐらい羽伸ばそうぜ?」
「小姑って、ロックオン…」
「あ、お、おい、告げ口すんなよ?」
「羽…」
「じゃ、飯にしようぜ、飯!アレルヤ、刹那、おまえら何食いたい?」
「僕は何でも」
「…ガーリエ・マーヒー」
「ガ、ガリー?そりゃ、カレーの変種か?」
「……………」
「刹那?」
「…ガーリエ・マーヒーは、ガーリエ・マーヒーとしか言えない」
「珍しい名前の郷土料理だね。刹那の故郷の?」
「ああ…好物だ」
「ふーん…て、ちょっと待てこら刹那、うかうか喋んじゃねえぞソレ」
「何故」
「というより、誰に?」
「小姑の…いや、ティエリアだ、ティエリア」
「ああ…」
「あー」
 国籍がバレると言いたいのだろう、彼は。
 しかし、果たして、あまりに個性的な料理も守秘義務に入るのか?
 ロックオンの忠告へ同意したものの、刹那もアレルヤも天井に顔を向けた。本音では首を捻っている。どうにも、この年長のガンダムマイスターは長男風を吹かす…もとい、重箱の隅を突付くような心配症だ。
「…禿げる「狙い撃つぞ」」
「…ロックオン、あなたがティエリアに感化されてどうするんですか…」
「心外だ!」
 俺はあんなに怒りっぽくないぞ、と熱弁を振るう彼を促して、アレルヤ達は軌道エレベーターを後にした。
 残念ながら、刹那の好物はこの人工島にあるどのレストランにも取り扱っていなかった。


◆◆

 故郷への干渉が、少しだけ延びたことは喜ばしい。
「そう、そうさ………おりこうさんだ、あんたらは」
 リアルIRAの活動凍結発表を、ロックオンは南アフリカで聞いていた。貴重な鉱物資源を取り合う戦いに水を差している最中だったのだが、元から貧窮のアフリカにおいてモビルスーツが最新式なわけがない。戦い合う双方の大半が採掘用ワークローダーに軽い武装を施しただけで、はっきり言うならば、ガンダム程の武力がまともに向かえば弱いもの苛めにしか見えない光景だ。一方的に蹂躙されていく様は、加害者本人のロックオンですら、反吐が出そうだった。なるべく機械の関節部分に照準を中て、無闇に爆発しないように心がけるほど、力の差がありすぎた武力介入であった。
 そこにきて、彼に…かつて彼に身近だったテロ組織の凍結発表の知らせだ。少しは報われているのかと、ささやかな祝杯を挙げたくなっても仕方がないと彼は自分へ言い聞かせた。
「いつまで平和か、分からないけどな」
 リアルIRAは何百年と続いたテロ組織だ。社会情勢を見て活動を凍結すると言って国民を安堵させておきながら、数年でその誓いをあっさりと破る。口先ばかりのポーズと捉えてもおかしくないが、一旦口にした以上、覆す行為をさせなければいいのだ。
 その為のソレスタルビーイングなのだから…。

 エクシアはセイロン島、キュリオスはタリビア、ロックオンのデュナメスは南アフリカでそれぞれ武力介入しているというのに、ただ一機地上のどこにも出現しないモビルスーツがあった。
 四機の中でも最強最悪の破壊力をもつガンダム。
「…んとに、強欲さには負けるよ」
 姿を見せないヴァーチェに、世界が怯えている。
 そこまで考えての帰還ミッションかと感づいて、ロックオンは麗しの酒豪へ賛辞を呈した。
「…全く、ミス・スメラギはあいつ(ヴァーチェ)の魅力をよくご存知で」
 前回のミッションでヴァーチェの攻撃力を世界は思い知ったのだが、今回、その攻撃の矛先が『不明』ということが各地への牽制力となっているのだ。脛に傷を持つ身には、ヴァーチェが身を潜ませる期間が長ければ長いほど、いつ襲撃されるか不安は増していくだろう。
 その結果が、リアルIRAの活動締結宣言だ。
 戦わずして武力介入を遂げたことを、天上のティエリアは理解しているだろうか。
「否、だな」
 使命のままに躊躇いなく前線へ突っ込む気概に、そんな安全圏は無用と切り捨てられるのが落ちだと、ロックオンは分かっている。それでも、あの不器用な指を無為に汚したくないと願ってしまう。汚すだけの覚悟が、彼から見えない限りは。

「…全くミス・スメラギは………ご存知、…か」

 メランコリックな気分を払う為に、ロックオンは予定にない角度へライフルを傾けた。


- End -

魅 了 さ れ る
2008/12/28(日) 11:04 終筆
サンライズ禁
BGM:混沌-chaos-(Tsukiko Amano)
**1期3話をリライト。生真面目のようでドタバタで生真面目にお笑い。
*ティエリア帰還時を中心にロックオン視点で展開。
ティエリアを迎えた時のシーンは2009年5月発行の同人誌で予定。


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