Forbidden love







復 活 し ち う ぞ !

Written by Jun Izawa


  




 クリクリのコルネが無理難題言ってきたら、どうする?
「トリック・オア・トリート、ですぅ!」
 早撃ち見せてやっから。
 製造責任者、出て来いよ。

「ハロ、今日の日付は」
「グリニッジ標準時間、十月三十一日午後三時十五分」
「今日はハロウィンですですぅー!」
 急拵えのオバケ衣装を剥いでみたら、トレミー最年少クルーがニッコリと両手を差し出した。ちまい体を精一杯背伸びする姿は、エイミーの影がダブって切なくも愛らしい。
 額にやりかけた手を、寸でのところでドアの縁にもたれ掛ける。子供の我が侭に振り回されるのは、正直ご免だ。
「酒と煙草のストックならあるが?」
「ブーブー、ストラトスさんはノリが悪いです!」
 せっかく本場のヒトなのに!と詰め寄られるが、生憎、愛国心溢れる男でもねえ。そもそも、俺の故郷の祭とミレイナのそれとは意義と遣り方が違う。
 俺に、お嬢ちゃんから責められる謂われはない。
「つーか、俺のケルディムとセラヴィーの修復作業はどうしたよ?」
 確か、スケジュール通りラグランジュ3のファクトリーからリペア機を積んだコンテナ船が格納庫に到着したばかりの筈だ。
 機体の受領にイアンとスメラギさんが先行して、俺も相棒と一緒に部屋から出るところだった。
 おかしい。まだまだ子供だが仕事熱心な彼女が、大好きなモビルスーツを前にして…。
「スメラギさんが『まず本場の人にお菓子貰ってらっしゃい』と言いましたのでー」
 つまり、体よく追い出されたわけだ。
 能天気な頭痛の種に、再び額に手を当てそうになる。
「ミレイナもパパみたいにやりたかっただけなのに…」
「ちょっと待ってくれ。パパみたいにって、前にも」
「したそーです。セイエイさんとハプティズムさんが行方不明になる前は毎年やっていたって、パパがそー言ってました」
 ああ、つまりは兄さんか。
 特殊な生まれの元超兵や、宗派の違う刹那が流行らせるわけもなく、まさか可愛いが堅物な教官殿が先陣切って…。
「『僕か、お風呂か、メシか、どれにす』…イヤイヤ、『トリック・オア・トリート』するわけねーし」
「ストラトスさん、妄想駄々漏れですよー?」
「やっぱ、ニールか」
「もしもーし?」
「ゴホン!とにかく、偏った知識はよくねーぞ、お嬢さん」
「そうだ。偏った知識はよくないぞ、ミレイナ」
「んー、だろ?ティ」
 声のした方へ…床だ。帰ってきたティエリアの専ら定位置たる俺のベッド下に…、ピンク色のハロはいなかった。
 否、声はミレイナの立つ方角だ。俺の私室前の通路奥。
「な…」
「おおぉーぅ!ドッペルゲンガーですか、凝ってますぅ」
 そうか、ドッペルね。
 オカルト好きな父さんがよく脅してたな。見かけた数日後に死んじまうって怪談だ。

「ハロウィンの日に則って、復活してみた」
「俺はぁー、ティエリアに復活させられちゃった」

 気恥ずかしそうに挨拶なんかいらねえ、から。その不埒な手を退けろ。肩に回した手が回りすぎて、胸にまでいってるから。
 つか、絶対揉んでるだろ。それ。


   *     *     *

「本当に…ロックオンなのかい?」
「古代ケルト民族じゃ、一年の終わりは十月末で、三十一日の夜は死者の霊が家族を訪ねたり、魔女や精霊が出てくると信じられていたんだ」
「…ほほぉ…」
「………日本の『ボン・シーズン』と同じだな」
「アイルランド伝承の精霊にゃあ、悪霊が多いよなあ」
「急に思いついたので、完全なボディが準備できなかったんだ。仕方なく、彼にはヴェーダが廃棄保管していたイノベイドに入ってもらった」
「それで、奴らから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いてた。元々あったドルイド信仰のサウィン祭の神事の一つさ」
「ねえ、ティエリア!」
「ハイハーイ、質問です!アーデさんのお耳、ソレは仮装ですかー?」
「実装だ」
「…僕の質問には答えないんだね……」
「ニール・ディランディか、本当に?」
「おうよ!」
「君は純粋種だろう。彼が彼でなくて、何に見えるというんだ」
「刹那には答えるんだ!ひどいよ、ティエリア」
「哀れむな、アレルヤ。俺も結構無視されてんだ」
「ワシはお前さんの話を優先させてるぞー、ロックオン。…とと、ロックオンが二人じゃ、ややこしいな。こりゃ」
「案ずるな、イアン。ロックオンは常に一人だ」
 それはつまり…。
「ライル・ディランディ。ヴェーダから、君に退艦許可がおりた」
 『もう君は一人前だから』と晴れやかな研修終了を告げる教官のように、ティエリア・アーデを名のる猫耳生やしたふざけた格好の小娘は俺に最後通牒を…。
「…殴らせろ、ニール」
「俺かよ?!」
「俺はロックオンの意見に賛成だ、ロックオン」
「僕の分も頼むよ、ロックオン」
「相乗りすんな?!」
「まあまあ、兄弟喧嘩止める気はワシにはないが。事の顛末聞いてから、じっくりやれや」
 キイキイと椅子を鳴らして、最年長は大人の意見で周りを黙らせた。

 古代ケルトのドルイド信仰では、新年始まりは冬の始まり十一月一日のサウィン祭からだ。
 ちょうど短い日が新しい年の始まりを示していたように、日没は新しい日の始まりを意味していた。
 したがって、この収穫祭は毎年前日の十月三十一日の夜に始まった。ドルイド祭司たちは、火をつけ、作物と動物の犠牲を捧げた。祭司たちが火のまわりで踊るとともに、太陽の季節が過ぎ去り、暗闇の季節が始まったといわれる。
 十一月一日の朝が来ると、祭司は各家にこの火から燃えさしを与えた。各家族はこの火でかまどの火を新しくつけて家を暖め、『妖精』などの悪霊が入らないようにする。
 というのも、1年のこの時期には、この世と霊界との間に目に見えない「門」が開き、この両方の世界の間で自由に行き来が可能となると信じられていたからである。

「…以上、ウィキペディアから参照ですぅ」
「ありがとう、ミレイナ。つまりは、それだ」
 膝上のハロから端末モジュールを引き戻し、ミレイナはにっこりと俺の説明をぶった切った。大学時代の研究成果を返しやがれ。
「…よく意味がわからない。もう一度説明してくれ…ティエリアが」
 困惑を絵に描いた八の字眉で首をかしげる刹那に、俺も気持ちは同じだ。隣のアレルヤもコクコクと頷いている。
「詳しい説明は揃ってからしようと思っていたのだが…」
「ミス・スメラギなら、お前らの顔見た途端にすっ転んだろう。今頃、脳震盪でフェルトが診ているぞ」
 三人のマイスターの視線がひと揃えにイアンを見、それからベッド上で正座するゾンビもどき二名を白い目で見やった。
 もじもじと恥かしそうに膝を掻く子猫は可愛いらしいが、兄さんの方は居た堪れないらしく、顔をそっと壁へ向けた。
 無論、二人をくっ付けてると公然猥褻なことやらかしそうなので、防波堤に相棒のハロ抱えさせたミレイナを間に座らせている。
 入口に向かって、兄さん、ハロとミレイナ、ティエリアが俺のベッドに座り、その正面に俺が、ドア傍に刹那とアレルヤが立っている。年寄りを気遣い、イアンには唯一の椅子を譲っている。
 正直、一部屋に七人はかなり息苦しい。
「ブリッジは、ラッセとマリーさんに頼んである」
 言外に「揃えるだけの駒は揃ったんだ」とティエリアの退路を絶っている。年の功だねぇ、おやっさん。
「まあ、そうこいつを苛めてくれるな、おやっさん」
 ミレイナの頭越しにティエリアの髪を撫でる手つきは甲斐甲斐しい保護者風情だが、みつめる刹那の死んだ眼差しが俺の知らない時間の中の二人を教えてくれた。
「つまり、スピリチュアルな交流に物足りなかったこいつが、俺にもう一回チャンスをくれたってことなんだ」
 オーケイ、刹那。理解したさ、バカップルて事は。
「カノジョの欲求不満を笠に着て、つまりはなんだ、ヤリ足りないのはアンタの方だろ、ニール」
「欲求…もしかして、アーデさん寂しかったですか?」
「ウォッホン!」
「ミ、ミミミミミレイナナナ、ちょっとこっちに来てくれないかな?ブリッジのマリーと勤務交代しなきゃ」
「アンタは直球すぎる、ライル・ディランディ」
 眉間に皺寄せた刹那、その後ろをそそくさとお嬢ちゃん追いやるアレルヤ、何故に俺を睨みつける。悪いのは、こいつらの方だろーが!
「君はもう少し、デリケートという言葉を学んだ方がいい」
「お前にだけは言われたかねーぞ。猫耳生やしたティエリアさんよ…」
「まあ、まあ、」
 本筋から脱線しまくった現状にガクリと項垂れる俺の頭上を小さな物体が飛んでいった。ハロじゃない。
「トリック・オア・トリート、だ。ミレイナ」
 中指をヒラヒラさせて彼女を呼び止めた兄さんは、ジャケットの内側から小さなキャンディーを宙に零していった。
 菫色の目が顔からこぼれそうなほど見開き、掌の飴玉を凝視すると、彼女はニマッと顔中使って喜びを表した。
「これがミレイナのやりたかったハロウィンですぅ!」
 クリクリのコルネは、期待どおりに飛び跳ねていった。
 上機嫌で出て行ったミレイナを微笑ましげに見送って、兄さんはティエリアの肩を抱いた。
「ハロウィンは、ここに出てくる口実さ。俺はまだ一度も『霊界の門』とやらは潜っちゃいない」
「昔から、時々窓などに彼が視えていたんだ。…けれど、精神的に弱った僕の願望だとばかり錯覚していて、彼を否定していた。実際に、彼の霊体とやらを把握したのは、僕の意識がヴェーダに還元された後だ」
 それまで重かった口をあっさり開いて、ペラペラ喋り始めたティエリアの姿に、俺たちは唖然とした。
「戦場の兵士が自縛霊になるって怪談はあるが…」
 イアンが呆然と「ミレイナの奴はオカルト好きだからなあ…」ぼやいて、ああと俺は納得した。あの子に聞かせたくなかったんだと。
「刹那、」
「な、なんだ?」
「お前が変わってくれてよかったよ」
 翡翠が嬉しげに細まる。
「ロックオン…」
 刹那の目が、一瞬だけ光った。もう見慣れたものだが、琥珀色の瞳孔が太陽フレアのように瞬くそれは、刹那の中の切り替えスイッチのようなものだ。
「君がイノベイターに覚醒した瞬間、ダブルオーガンダムのツインドライブは『トランザム』を超えた『トランザムバースト』システムを発動させた。そして、純度を増したGN粒子の波動が膨張し、周囲の人々の思念をネットワーク化した。その時、拡散中の彼の意識体が集積され、一つの明確な精神波長を確立させたおかげで、ヴェーダが受信し、ヴェーダの中の僕は彼を見つけ出せたんだ」
「ティエリア…話が高度すぎて、僕にはついていけないよ」
「アレルヤ、俺にもさっぱりだ」
 こめかみに指をついたアレルヤの肩をたたき、俺は兄さんへ向かった。腕の中のティエリアを愛しげに見つめる奴の旋毛を弾いた。
「なんだよっ、」
「死んでから今までどこほっつき歩…彷徨ってたんだ」
「どこにも行ってねえよ!」
「どこにも?」
 訝しげな刹那の声に、「ああ、最後の戦いの時だけは、ちょっとあちこちにお節介かけたけど」兄さんは照れたように俺を見上げた。…なんだ、じゃあ一秒トランザムで見たあれは、ただの夢じゃなかったのか。
「ずっとこいつの傍にいた。…撃たれる時も、後もな」
 見ているしかできないのは、歯がゆかったよ。そう打ち明けた兄さんの真実は、相手にも隠されていたのだろう。
「……ロック…ニール……それは」
 一対のローズが驚嘆に濡れる。が、震える猫耳ギミックは深刻な雰囲気を奇妙なものにかき混ぜる。

   *     *     *

 皆の、ライルの絶叫に連なり、刹那が咆哮する。
『そんなこと……させるかァァァッ!!』
 新緑が虹色へと輝く、暴力的なまでに力強く、強固な障壁を駆け抜ける光の粒子。
 命の輝きが見えるなら、こういうものかも知れない。
 見せたかった、こいつに。
 俺が、俺の手で、ティエリアに…。
 開いたままの瞼さえ閉じられない不甲斐ない俺は、それでも無駄な足掻きをしていた。腸が煮えくりかえるほど憎い敵を頭上に、俺は撃ち落されたティエリアの体を抱きかかえる。通り抜けてしまうこの両腕で…。
(ティエリア)
 聞こえるか、刹那。
 まだ、未来は閉ざされてない。おまえも、アレルヤも、ライルも、生きているならまだ終わりじゃない。
『変われ、刹那』
 あいつを導くつもりで、俺自身が支えられていた。
 けれど、最後の最後で苦しみに負けた俺は閉ざしてしまった。
『…変われなかった、俺の代わりに』
 あいつと一緒に進む道を閉ざしてしまった俺の代わりに。
 俺たち人間の為に、身を挺したこいつの分まで。

『実装テスト終了。ケルディムR並びにセラヴィーRは帰艦してください』
『了解、』『了解した』『了解だ』
 機体をトレミー2の方角へ向ける手を、そっと半透明の手が重なる。
「貴方をマイスターに戻す為に、造ったわけではないのに…」
「俺が望んだ。で、おまえさんは叶えてくれただけだ」
 セラヴィーのコクピットに収まった俺の膝にちょこんと横座る可愛らしいホログラフは、しゅんとシッポを垂らしてる。
「それとも、ずっとトレミーに出ずっぱりのお前さんを俺はヴェーダとリジェネと一緒に待ってなくちゃならんのかい?」
「そんなことは…!」
 振り仰ぐ潤んだ瞳にそっと唇を落す。通り抜けるから、加減が難しい。
「ああもう、着艦が待ち遠しいよ、俺は」
 彼女の意識体は、常に一つだ。空っぽの猫耳少女は、今俺のベッドで体を休めている。帰ったら、弟からもぎ取ったバスケットに彼女専用のハロを眠らせて、人肌をまた抱き合いたい。
「体があるって、いいよなあー」
「不埒な行為は許しませんよ。顔は僕だが、マイスター874のスペアボディを仮住まいさせてもらっているんですから」
 ピンク色のハロから投影される彼女は悲しげな顔をやめたかと思えば、今度は頬をプックリと膨らませた。
「わかってるさ、マイディア」
「もう少し待っていてください。再生ポッドの中の僕は、順調に回復しています」
 ティエリアが虹色の視線を向ける。瞬時のアイコンタクトで俺はヴェーダの傍で蜂の巣にされた体が癒えていく様を読み取った。
「待つさ」
 何度だって。俺達には、無限に時間があるんだから。



-End-

復 活 し ち う ぞ !
2009/11/1 終筆
サンライズ禁

**2期終了後のハロウィンinトレミー2。バカップルが復活。
続きは『St.パトリック★デイ!』(『Loop or Love』に収録)で
イチャイチャしてます


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